長編

🗞️K新聞の禁忌欄

横峯市内で体験した「やってはいけない話」を集めています。

地方紙K新聞が運営するメディアサイトの若手ライター成瀬は、夏向けのホラー特集「K新聞の禁忌欄」の企画リーダーに抜擢された。横峯市東部エリアから募集した怖い体験や、地域の“やってはいけないこと”を取材・検証して記事にしていく企画。 たくさんの投稿の中から記事化を進めていくにつれ、編集部や成瀬自身の身の回りで不可解な現象が発生するようになりーー。 怪談蒐集からはじまる連作形式の長編ホラー。 *第2回創元ホラー長編賞に参加中の作品です*ホラー / ミステリー / 現代 / 怪談蒐集

第一話 禁忌欄

 人によって『怖い』と感じるものは違う。
 俺は玄関ドアについている新聞受けが開く時の、キィ、とフタが持ち上がる音が怖い。
 これはそう思うことになった、きっかけの話だ。

 ◇ ◇ ◇

「今度東部エリアで、夏向けに『ホラー特集』をやることになってね」
 某県にあるK新聞社が運営するニュースサイト『K新聞 電子版』。そのサイトの『横峯市東部エリア』ページで、主にあざみ区内のニュース記事制作を行っている『横峯市あざみ区エリア編集部』では、社内にある会議室で、上層部で決まったという特集企画の内容を聞かされていた。
「ホラー特集、ですか?」
 編集部で一番若い男性ライター・成瀬けいは、会議室の一番奥の席に座る、東部エリアの統括部長であり編集長でもある奥沢洋貴ひろきの言葉におうむ返しで答える。
「うん、最近流行っているでしょう? 事故物件の話とか、モキュメンタリーとかさ」
「まぁ確かに流行ってはいますけど……」
 成瀬の隣に座った、三十代の女性ライター・辻堂ゆかりがそう言って口籠る。会議室の長机にそれぞれ愛用のノートパソコンが並び、その前に座っている編集部の面々は、ホラーが好きな人なんていたっけ、と互いに尋ねるような視線を交わした。
 確かに世間で流行っているとは言っても、編集部内にはホラーが好きと公言する者も特にいないので、なんともピンとこない話である。
「うちはこれまで、不思議オカルト系を取材したことってないですし、ウケますかね?」
 成瀬の向かいの席に座っていた久地寧々子ねねこが素直な感想をもらした。
 そう言われてしまうのも無理はない。
 なにせK新聞社が運営する『K新聞 電子版』は、県内各市町村で起きた事件事故のニュースを配信するメディアサイトで、『K新聞 電子版 横峯市東部エリア』では、あざみ区を含む四つの区の編集部が紙面版の記者から貰ったニュースを掲載する他に、各区内の町で起きた出来事やイベント情報を独自に収集、時には現地取材して公開しているのだ。
 よくある新聞社お抱えの、地域密着型情報発信サイト。そんなサイトなので、どちらかといえば基本的にほっこりする話題が多く、横峯市もそこまで治安の悪い地域ではないため、記憶に残るような恐ろしい事件は起こったことがない。
「謎めいた事件を扱ったこともありましたけど、あれは結局、頭のいい野良猫の仕業でしたし」
 ノートパソコンで過去の記事を振り返りながら、久地の隣に座っている根岸はるかが小さく頷く。
「だからこそ、さ」
 困惑するライター陣の前で、奥沢は目尻にシワを増やした、いつもの優しげな笑顔のまま両手を広げた。
「横峯市の東部エリアは比較的治安もよく、住みたい町ランキングでは常に上位に入るエリアだ。しかし、そんな街にも『心霊スポット』はあるだろう?」
 奥沢の言葉に、成瀬がそういえば、と思い出す。
「あー、傳々でんでん山の廃ホテルはお化けが出るって言いますね」
 大学時代の友人たちが肝試しで行った、と言っていたはずだ。
「え、そんなとこあるの?」
「はい。久地さんは県外から来たから知りませんよね。こっちだと結構有名な場所ですよ」
「え〜〜、しらなぁい……。傳々山、たまに車で通るのにぃ」
 成瀬の補足に久地が肩を抱いて身震いしてみせた。
「まぁ、こんな感じで。案外横峯市のホラーな場所って僕たちも知らなかったりするでしょう? だから地元の人しか知らないような『怖い話』って、実はもっとあると思うんだよね」
 そう言いながら奥沢がニコニコと楽しげに笑う。
「ということは、読者から募集するってことですか」
「うん。やっぱりこういうのは読者も参加したほうが盛り上がるし」
「確かに最近はやってませんでしたし、また募集系で記事を書くのもいいかもしれませんね」
 東部エリアでは、以前も読者から情報を募集する形の企画をやったことがあり、それなりに好評を博していた。
「そんなわけで、ホラー企画をやるところまでは決まったんだけど、企画名とかどんなふうに募集するかが決まってなくてね。今回も最初の募集記事はあざみ区エリアの担当だから、みんなに考えてほしくってさ」
「またですかぁ〜〜」
 そう言って久地が机の上に両腕を投げ出して嘆く。
 東部エリア内で特集企画をやる際は、何故かあざみ区エリアが詳細を決めて、企画全体の音頭を取ることが多い。
 東部エリアで一番人口が多く、面積も広い区だからだろうか。K新聞社のビルがあるこの場所も、横峯市のあざみ区内にあり、ある意味横峯市の顔とも言える区だからと言われたら、仕方がないだろう。
 なので文句を言いつつも、あざみ区エリア編集部の面々は、どうしたら『怖い話』が集まるのかを考え始めた。
 募集するとなると、やはり最初に一つ『怖い話』を掲載して「こんな感じの話を募集しています」と、読者の興味を惹くのが一番である。
 しかしその肝心の、最初の『怖い話』がなかなか出てこないのだった。
「……決まったはいいものの、案外ないもんですね」
 地域密着型のメディアサイトで、横峯市の東部エリアにちなんだ『怖い話』を集めるのだから、やはり地域性のある話がいい。
「奥沢部長と成瀬くん、あと辻堂さんも横峯市の出身ですよね」
「成瀬くん、大学の友達とかでそういう体験したって人いないのー?」
 アイディアが出てこず、ぐったりしはじめた久地が投げやりに成瀬に尋ねる。
「例の廃ホテルに肝試しに行った友人はいますけど、雰囲気が怖かっただけで、特に何もなかったって言ってましたよ」
「え〜〜〜〜」
「怖い話の現実って、結構そんなものなのかしらねぇ」
 根岸がため息をつくのを眺めながら、成瀬はふと、先日読んだ雑誌の一文を思い出していた。
 最近巷で人気があると言われている配信者十数名にインタビューをした特集が載ったもので、時々見ている配信者もインタビューに答えたというから、久々に紙の雑誌を買ったのである。
 いろんな分野で人気の人たちが載っていたのだが、そこにはホラー実況や怖い話をする配信者も載っていて。
「……確か『怖い話』は『怖い話ありませんか?』って聞いても集まらないから『不思議な体験、ちょっと変わった思い出や記憶はないですか?』って聞くといい、らしいんですよね」
 成瀬の言葉に、久地が興味津々で身を乗り出した。
「へー! 誰に聞いたの?」
「雑誌で怖い話を集めて話してる配信者の人が、インタビューでそんなふうに答えてたんですよ」
 編集部の面々は成瀬の回答になるほどなぁと頷きながら、再び記憶の中を漁るように視線を宙に向ける。
 しばらくすると、横峯市出身でもある辻堂が何か思い至った顔をした。
「あ。ちょっと変わった思い出って言われると、確かにあるわ……」
「本当ですか?」
「うん。体験したってわけじゃないんだけど、私の通ってた浅黄あさぎ町中学校に伝わってる、変な話があってさ」
「よかったら話してみてくださいよ」

 ◇ ◇

【A中学校の西渡り廊下は夕方覗いてはいけない】
 ライター:Yuri

 私の通っていたA中学校には、ちょっと不思議な校則がありました。

『遅い時間まで残ってはいけない。もし、遅い時間まで居残った生徒は、体育館西側の渡り廊下を絶対に使ってはいけない』

 しかもこれは、ただの注意喚起ではありません。
 決まった時間以降、絶対に使わせないよう、体育館西側の渡り廊下に繋がる出入り口は全て、早々に鍵が掛けられるのです。
 西側の渡り廊下にはトイレがあり、そこから来賓用駐車場と裏門へいくことができました。また、体育館から昇降口へ向かうのであれば、西側の渡り廊下を使うほうが近道なのです。
 しかし、部活動の終わる頃には施錠されて通れないようになっているため、体育館で部活動のある生徒は、みんな少し遠回りになる東側の渡り廊下から校舎に入り、そこから昇降口へ回って帰宅していました。
 部活動でくたくたになった後だとすごく面倒に感じるので、理不尽だなぁと思ったのを覚えています。
 でも、一人として西側の渡り廊下を使おうと言い出すことはありませんでした。それは体育館を使用する部活動の先輩たちから後輩へ、不思議な校則と一緒にこんな話が語り継がれているからです。

 ある生徒が部活動で遅くなった日。
 いつも通りに東側の渡り廊下から校舎に入り、昇降口に向かっていた時のことです。
「ねぇ、なんだか今日はいつもより明るくない?」
 同じ部活動の友人にそう言われ、生徒は周囲を見回しました。普段であれば昇降口周辺は薄暗くなっている時間で、下駄箱を確認するために電灯のスイッチを入れる必要があります。しかし今日はその必要もないくらい、妙に明るかったのです。
 不思議に思っていると、西側の渡り廊下に繋がる通用口、西扉と呼ばれるドアにある窓が、綺麗なオレンジ色に光っているのを見つけました。
 この西扉の窓部分は、いつもなら真っ黒の布が掛けられていて、外が見えないようになっている場所です。
 きっと、あの不思議な校則を守らせるための処置なのでしょう。
 その布が外れてしまったせいで、ちょうど夕暮れのオレンジ色が差し込んでいるようでした。
「あれ、いつもなら見えないのに」
「このせいだったんだね」
 二人は頷き合いながら、西扉へと近寄ります。最初は外れていたカーテンを元に戻そうという、親切心のつもりでした。
 しかし窓の外は、いつもなら見ることのできない、西日の差す西側の渡り廊下。
 好奇心を抑えきれず、二人はそっとオレンジに染まっているはずの場所を覗き込みました。
 何の変哲もない、渡り廊下。昼間と違うのは、オレンジ色に染まって驚くほどに明るいことくらい。
 その、はずでした。
 オレンジ色に染まる廊下の中に、ポツンとありえないものがあったんです。
 人の形をした、黒い影が揺らめいていました。
 日差しの関係でそんな影ができるようなものはありませんし、この時間は通行禁止にしているので、人がいるはずもありません。
 そして何よりその影は、少しずつ、まるで人がのんびりと歩くような格好で、裏門の方へ進んでいたのです。
 生徒が悲鳴をあげそうになるのを堪えていると、すぐ隣にいた友人が先に叫びました。
「黒い女の人が歩いてる!」
 そしてそのまま白目を剥いて、後ろ向きにバターンと倒れてしまったのです。
 驚いて声を掛けていると、帰宅しようとしていた他の生徒が集まってきました。誰かが教師を呼びに行き、すぐに救急車が駆けつける大騒ぎになったそうです。
 騒ぎを聞いて駆けつけてくれた教師のうちの一人が、西扉のカーテンが外れているのを見て、舌打ちしていたという話もあります。

 それは、見てはいけないものだったのかもしれません。

 帰宅後その生徒は高熱を出して寝込み、眠っている間はオレンジ色に染まる渡り廊下でゆっくり歩いている夢を、何度も繰り返し見ていたそうです。まるで、あの黒い影になったかのような視点で。
 二、三日して復帰できたそうですが、倒れたほうの友人は一ヶ月ほど入院し、お見舞いに行くと、すっかり痩せていて、同じような夢を見ていると言われたそうです。
 しかし、倒れた時に何を見たのかと尋ねると、
「何を見たのか、全然覚えてないんだよね」

 この話が本当か嘘かはわかりません。
 しかし、A中学校の体育館を使う部活動に所属した生徒は、必ず先輩からその話を聞かされて、西日の差す時間に西側の渡り廊下を見てはいけないよ、と教わります。

 そして、私が卒業してからもずっと、西扉のカーテンは掛かったままだそうです。

 ◇ ◇

「ね、変な話でしょう?」
 話し終えた辻堂は、あっけらかんとしていたが、聞いていた編集部の面々は、すっかり背筋が冷えていた。
「変な話っていうか、怖い話じゃないですかぁ!」
 両腕をさすりながら久地が肩を窄めて声を漏らす。辻堂の話がだいぶ怖かったようだ。
「あれ、怖かった?」
「充分『怖い話』だと思いますよ」
 呆れたような顔で根岸が言うが、辻堂としてはそんなに怖い話と感じていないらしい。
「そっかぁ。なんかもう、うちの中学じゃ当たり前に話してたからさぁ」
「表に出てこない怖い話って、案外そんな感じなのかもしれませんね」
 人が『怖い』と感じる基準は、人によって違う。
 だからこそ、誰かに「怖い話はありませんか?」と尋ねても、話が集まらないのだ。
「結局、その友人はどうなったんですかね?」
「なんか一応、普通に退院したらしいよ」
「死んだりはしてないんですね」
 根岸が少し物足りなさそうな顔で言う。
 確かに、恐ろしいとされる学校の怪談や都市伝説は、呆気ないほど簡単に人が死ぬので、そう感じるのも仕方がない。
「まぁでも、これくらいがなんかリアルでいいんじゃないかな?」
「実話怪談だと結構そんなもんですよね」
 怖いものにそれなりに耐性のある奥沢と成瀬は、そう言って頷いた。
 記憶に残らない、ちょっとした不思議な話が忘れられてしまいやすいのは、そこに衝撃的な内容を含まないことが多いから。
 見過ごしてしまいやすいけれど、よくよく考えたら怖い話だ、という出来事の大半はそんなものである。
「でも、この『やってはいけないこと』をやってしまった、みたいな体験談は、ちょっといいよね」
 辻堂の語った体験談を文章にして印刷したものを、会議室のホワイトボードに貼り付け眺めながら、奥沢がうんうん、とゆっくり頷いていた。
「それなら、横峯市内に伝わる『やってはいけないこと』を集めるっていうのは、どうですか?」
 同じようにホワイトボードを眺めていた成瀬が、奥沢にそう告げる。
「行ってはいけない廃ホテルとか、まっすぐ進むとよくない交差点とか、市内にもそういうのあるじゃないですか」
 成瀬は大学時代の友人から聞いたものだけでも、よくないとされる場所ならパッといくつか思い出せた。
 普段は忘れていても、そういう会話の流れや雰囲気だからこそ思い出す、というものは結構ある。怖い話というのはそういうものだ。
「確かに、そういう場所や行動が何故『やってはいけないこと』とされるようになったのか、を掘り下げてみるのも調べがいがありそうでいいね」
「過去の歴史とか文化とか、その辺との繋がりもありそうですし」
 横峯市の魅力を世界に向けて発信するのが、地域密着型メディアサイトの使命である。ならばその地域の文化として、怖い話を掘り下げるのもいいのではないだろうか。
「よし、じゃあ今回の夏企画のテーマは『横峯市内のやってはいけない怖い話』って感じでいこうか」
 奥沢が大きな手を一度だけ叩いてそう告げた。これでようやく、ホラー企画の方向性が決定である。
「バナーの依頼とかも、うちからやるんですか?」
「読者募集なら投稿フォームの詳細も詰めないとですよね」
「他の区への周知もしないとですし」
 企画の細部が決まれば、やらなければいけないことがたくさんだ。
「システム部とデザイン部への依頼は、企画書にまとめてからですよね」
「東部エリアからの依頼という形で、僕からだすよ」
 あざみ区エリア編集部内で完結する話ならすぐに動き出せるのだが、他部署や他区エリアが絡むとなると企画意図などをきちんとまとめて文書にしなければならない。
「一応まとめてありますが、こんな感じで大丈夫ですか?」
 仕事の早い根岸が、会議内で出ていた内容をわかりやすく簡潔にまとめてくれていた。

【夏向けホラー特集:横峯市内のやってはいけない怖い話(仮)】
 ・特集記事のため更新は編集部別に週に1記事程度
 ・読者からの投稿をメインとする(内容によっては現地及び投稿者へ直接の取材)
 テーマ
 ・横峯市内に伝わる伝承や怖い話
 ・やってはいけないことをやってしまった話
 ・市内で体験した不思議な出来事や思い出
 誘導枠
 ・トップページとサイドバーのバナー
 ・特集記事一覧エリアの追加
 ・特集記事のみ読者の投稿フォームへのバナーを記事下部に追加
 初回記事は辻堂さんの体験談を掲載

「うん、大丈夫だよありがとう」
 根岸が社内チャットで共有してくれた会議のまとめを見ながら奥沢が頷く。
「企画名(仮)にしてますけど、これで大丈夫ですか? バナー依頼するなら決定しておきたいなって感じですけど」
「うーん『横峯市内のやってはいけない怖い話』じゃあ、ちょっと長いよねぇ」
 同じようにまとめを見ていた久地に言われ、奥沢が眉を困ったように下げながら腕を組んだ。
「うーん、『横峯市の禁止事項』……『横峯市の禁忌』……」
「じゃあ『横峯市のアブナイ話』とか?」
「なんか別の企画みたいだから、さすがにアウトでしょ」
 企画名の候補をホワイトボードに書き込んでいた辻堂が、久地の言葉を嗜める。
 成瀬も自分のノートパソコンで、関連しそうなワードを検索してみたりしていた。すると検索結果に出てきた『禁忌欄』という単語に目が止まる。
「あの……『禁忌欄』はどうですか?」
 ホワイトボードの前で腕組みしていた辻堂に、成瀬がそう声を掛けた。
「『禁忌欄』って、なんだっけ?」
「市販の薬についてくる添付文書とかに、この薬を飲んではいけない人とか、併用してはいけない薬とか、そういう『やってはいけないこと』を書いている欄があるじゃないですか。あれを『禁忌欄』っていうらしいです」
 成瀬は自分のノートパソコンの画面がみんなに見えるように向けると、医薬品や医療用品を扱う会社のサイトで出てきた『禁忌欄』についての解説ページを指差す。
「あぁ、書いてある! アレのことかぁ」
 納得した辻堂が嬉々としてホワイトボードに『禁忌欄』という単語を書き込んだ。
 他にもいくつか候補となる単語もあったのだが、やはりシンプルで興味を惹かれるのは『禁忌欄』という単語。
 それは奥沢も同じだったようで、嬉しそうに目尻にシワを増やしながら頷く。
「うん、いいね。『K新聞の禁忌欄』ってわけだ」
 奥沢の言葉に、辻堂が他の候補となっていた単語を消した。
 少し汚れた白いつるりとしたボードに、掠れ気味の赤い色で書かれた『禁忌欄』という言葉が残る。
「名付けてくれたのは成瀬くんだし、怖い話の蒐集方法についてもいいアイデア出してくれたから、今回は成瀬くん主導で動こうか」
「え、いいんですか?」
 成瀬はまだ二十代半ばと、編集部でもライターとしては経験が浅いほうだ。そんな自分に任せてもらえるなんて、またとないチャンスである。
「よろしく頼むよ」
「……はいっ!」

 五月中旬、こうして横峯市東部エリアが企画する、夏のホラー特集『K新聞の禁忌欄』は始まった。

 ◇ ◇ ◇

 この日から、俺はいくつもの『禁忌』に触れることになる。
 そうして『禁忌』に触れることで、繋がってしまうこと。
 見ているだけのはずが、見られる側になる――そのことを、俺はこの時知らなかったのだ。