
第十七話 距離
あざみ区衛宮町内の、繁華街から離れた住宅密集地。
その一画にひっそりとある、二階建て木造アパートの階段で、大学生の星川は2階の外廊下の様子を窺っていた。その後ろでは、壁に張り付くようにして成瀬と辻堂が息を潜めている。
「――よし、誰もいないみたいです」
「ありがとう、星川くん」
山北との面会を終えた成瀬と辻堂は、情報を共有する約束をしていた星川と合流した後、成瀬が居住地としているアパートにやってきた。
成瀬は自宅に赤い山女が現れて以降、泊まる場所を転々としていたので、さすがにそろそろ見に行ったほうがいいだろうと、様子を確認しにきたのである。
山女が現れた場所であり、狙われているのが成瀬本人ということもあって、先頭に立って様子を確認する役は、星川が買って出てくれた。
誰もいない外廊下を進み、成瀬は自分の部屋の鍵を開ける。
「鍵は掛けてたんですね」
「うん。そこまでは覚えてるんだけど」
部屋を飛び出し鍵を掛けた後、星川に駅前商店街で声を掛けられるまで、何をしたのか、どうやって駅前まで行ったのかは、未だに思い出せないままだ。
数週間も空けていた我が家は、床や家具にうっすらと埃が積もり、奥の部屋の床には逃げ出した時のまま、段ボールやアルバムが散らかっている。
「とりあえず、片付けと掃除かしらね」
「そうですね」
三人は協力して床に散らばったものを段ボールに詰め直し、冷蔵庫内にあった期限切れの食品をゴミ袋に入れ始めた。
「結局、成瀬さんのお母さん――まどかさんは、崖から落ちた時に山女に成り代わられたってことで確定なんですか?」
アパートに来るまでの道中、山北から聞いた話を星川に報告しておいたので、部屋を片付けつつ、これまでのことをまとめる。
「崖から落ちたのが母さんだったし、確定だろうね」
「オシロイの匂いがしてたり、赤ちゃんだった成瀬くんが嫌がってたってことは、そうなんだと思う」
「そうなると、二十年以上も前に山女はまどかさんの肉体を手に入れ、成瀬さんという子どもを一度は手に入れてたんですね」
他人の死体を操り、他人の子どもではあるが我が子を手に入れるという山女としての目的を一度は達成できていた。
「でも、事故によって肉体が機能しなくなって、怪異である中身の山女の部分だけが、あのアパートに残った、と」
「そして山女は、成瀬さんのお父さんの計らいで、成瀬さんという我が子の居場所が分からなくなり、再びあちこちを彷徨う怪異になったのか」
そうやって山だけでなく町の中を彷徨うようになった結果、色んな場所で『怪談』を生み出し、七摘町で囁かれるたくさんの噂の元凶となったのだ。
「でも不思議なのは、俺は怪異になった母さんが拠点にしてたアパートに『度胸試し』として何度も行っていたのに、その時に見つからなかったってことなんだよな」
小学生の時の自分は、そうとは知らずに自ら赤い山女に近づいていた。それなのに向こうは自分を『自分の子ども』と認識しなかったのだ。
もし向こうがその時に自分を認識したのであれば、小学生の時点で攫われていた可能性がある。
「あ、でも。成瀬さんの書いた記事は嘘だったんですよね? だったら赤い山女には会ってないんじゃ?」
「でも、それは嘘か本当かは分からないんでしょ?」
星川の質問に辻堂が口を挟んだ。
「あ、そっか。例のメールにそんなことも書いてましたね。同じ体験した人が現れたって」
「そこなんだよねぇ……」
小学生の頃に流行っていた、事故物件の部屋を新聞受けから覗くという『度胸試し』。あの時に女性の足を見たのが嘘なのか、覚えてないだけで本当なのか、それは未だに分からない。
「でも、そうなると余計不可解ですね」
「どの辺が?」
腕を組んで唸る星川に、成瀬は使い捨てのハンディモップであちこちの埃を取りながら尋ねる。
「同じように赤い山女を見た人がいるってことは、やっぱりそこには『居た』んだと思うんですよ。でもそれなら、山女に連れて行かれる子どもが、一人くらいは居るはずじゃないですか。でもそういう事件は無かったんですよね?」
「確かに……いけない事だから辞めなさい、くらいしか言われなかったな」
思い返してみても、当時は『度胸試し』で覗けたかどうかの話ばかりで、周りで誰かが居なくなった、なんて話は聞いていない。最終的にみんながやらなくなったのも、不法侵入に近い行為なので辞めるように、という通達があったからだ。
「てことは、山女が子どもを攫う条件みたいなのがあって、それを満たしてなかった、とかなのかしら?」
「それはありそうですね」
「でも、条件って?」
掃除を終えた三人は、揃って首を傾げる。
山女が子どもを連れていく条件とはなんだろうか?
「ちょっと、整理してみましょうか」
狭いリビングに三人で座り込み、成瀬はノートを開いて山女が子どもを連れ去った時の状況を書き出してみる。
1)山で一人きりになったら攫われた
2)山女を母親だと思っていた子どもが、本性を表した際に攫われた
3)「あなたの子どもです」と偽って呼びかけたら、山女が現れて攫っていった
4)「子どもになって」とお願いされて了承し、連れていかれた
「1のパターンは大昔の事例なので、熊の可能性が大いにありそうですが……」
「あとは、山女の立場になって考えると、山の中でずっと我が子を探してる時に『周囲に大人がいない一人きりの子ども』を見かけたら、自分の子かもしれない、とは思っちゃうわよねぇ」
辻堂の意見に、星川が眉をひそめて微妙な顔をした。
「……なんで山女側の気持ちになってるんですか」
「あら、悪いけど私一応これでも母親なのよ? はぐれた息子を探し回ってる時に、一人きりでいる子どもを見つけたら、あっ絶対うちの子だ! って思っちゃうもんよ」
「な、なるほど……」
申し訳なさそうに小さくなる星川に、成瀬は苦笑する。
「1については辻堂さんの説もあり得そうですね。一人きりになった子どものほうも、近づいてきたのが大人の女性なら、自分を探しにきた母親だと思いそうですし」
暗い山の中で一人寂しく途方に暮れている時に、もし優しく声を掛けられてしまったら、誰だって自分に都合よく考えるに違いない。
「そして2と3は、攫われる側が『山女の子どもだ』と主張してるって共通点があります。2は母親の姿をした山女を、子どもたちは『自分の母』と思って接するでしょうから、これは仕方ないですね」
「3にいたっては、オカルト研究会の人たちが怪異に対して『オレオレ詐欺』をしたようなものだしね」
「4はコックリさんのパターンか」
「はい。コックリさんを通して山女に『子どもになる』ことを了承してしまったので、その子だけ連れていったんだと思います」
結局、山女が攫いたいと思った対象を『我が子』と思い込み、攫われる側は嘘であれ本当であれ山女を『母親』だと認識、了承するのが鍵のようだ。
「確かに成瀬さんは、連れて行かれた時に山女が『母親』だと気付いたんですもんね」
星川の言葉に、成瀬は深く頷く。
きっとこの家に現れた時はまだ、顔をきちんと見ていなかったのもあって『母親』だと認識できなかった。
だからこそ、最初の接触では記憶をなくす程度で済んだのだろう。
そして執拗に追いかけては近づいて、母親だと気付いて欲しいとばかりに顔を見せてきたのだ。
「じゃあ、小学生の時に成瀬くんが無事だったのは、アパートで見えたかもしれない幽霊が『母親』だと思わなかったから、なのかな?」
「その可能性はありそうです。だって、そのアパートで亡くなったのは『一人暮らしの男性』と聞いてましたから」
「そっか。それなら男の幽霊が出ると思ってるし、女の幽霊が出ても『なんで?』ってなっちゃうか」
あの頃、誰も攫われなかったのは、同じような理由からだろう。
もし誰かがあの土地の由来を詳細に調べ、山女に辿り着いてしまっていたら、行方不明者が出ていたかもしれない。
「そんな山女が成瀬さんの元にやってくるようになったのは、やっぱり『禁忌欄』が原因なんでしょうね」
「山北さんが話してくれた『赤い女の話』と同じようなことをしちゃったわけだもんね」
「そして『禁忌欄』をきっかけに、俺自身が七摘町のこと、母親のことを考えるようになり、母とイコールでもある山女は『自分のこと』だと思って俺にターゲットを絞ったんだな」
赤い山女は、自分のことを話している人たちのところへやってくる。
そして成瀬は意図せず、母親をなぞり、呼んでしまっていたのだ。
「オカルト研究会で怪現象が起きたのは、山女を調べていて『赤い女の話』と同じようなことが起きたからなんだろうけど」
「それだけでなく、兄たちは自ら山女が子どもに望む条件を満たしに行ったから攫われた。ただ、それだけだったんですね」
「たぶん、そういうことなんだと思う」
条件を満たして居なくなった人間で、戻ってきたのは今のところ成瀬以外に見つかっていない。
――きっと、星川くんのお兄さんは、もう。
もしかしたら怪異は、ただそこに異常存在する現象のようなものに近く、だからこそ、安易に触れてはいけないものなのだ。
「でも、ずっと成瀬くんが山女に見つからなかったのも、不思議な話よねぇ」
「可能性としてありそうなのは、成瀬さんがお母さんのことを恋しいと思っていなかったから、かもしれません」
「そうだね。物心ついた時にはもう母はいなかったし、悲しいとか不安に思ったこともなかったな。母の話題が出ることも稀だったから」
父も祖父母も、そして自分も、母のことを口にすることはなく、いないことが当たり前の生活を送っていた。家族も周囲の人もみんな優しかったから、寂しいと思ったこともない。
でも今にして思えば、母が精神を病んだ挙句の事故死を遂げているからこそ、みんなあえて話題にしなかった可能性もありそうだ。
「そうやって精神的に距離を置いたうえに、成瀬くんはお父さんの都合で七摘町からも離れたから、余計に山女に見つからずに済んでたんでしょうねぇ」
辻堂がしみじみと話していると、星川がまだ少し考え込んだような顔をしている。
「山女が話題にされることと、自分を母親だと思うことを出現のトリガーにしてるなら、成瀬さんが一番やばくないですか?」
「え?」
「兄が攫われた後、オレの家には山女が現れなくなったので、山女は自分の子どもだと思うものを『一度攫ったら終わり』なんだと思ってたんです。でも成瀬さんは、赤ちゃんの頃に一度『山女の子ども』になっている時期がありますよね? これは山女的には、一度目的を達成してるわけじゃないですか」
「まぁ、そうだね」
成瀬の母が崖から落ちて山女に成り代わった後、赤ん坊の自分は『山女の子ども』だった。
「不慮の事故で離ればなれになったとはいえ、目的を達成した後なのにまた成瀬さんの元にやってきたってことは、やっぱり一度攫ったから終わり、じゃないんですよ」
「でもそれは単純に、自分の子どもを取り返しにきてるだけじゃ? 居なくなったのを迎えに行く感じでさ。もしくはたまたま、成瀬くんが攫われる条件を満たしてしまったから、とかもありそうだけど……」
「それです!」
星川が辻堂を指差して、大きな声をあげる。
「結局、条件を満たせば、山女は何度でも連れ去りにくるんですよ! 成瀬さんだけが本当の『山女の子ども』なんですから!」
「確かに、そうなる……わね」
「じゃあ俺は、どうしたら山女から逃げられるんだろう?」
「……それは」
成瀬の呟くような言葉に、星川は何も言えなくなった。
出現条件が分かったとしても、成瀬が山女を『母親』ではないと否定するのは難しい。そしてもう一つ、山女に攫われた後はどうなるのか、という謎は依然分からないまま。
誰も言葉が見つからず、室内が静まりかえる。
その時不意に、キィ……と小さく金属を引っ掻くような音がして、三人はハッとした。
開け放したままの中扉の向こう、しっかりと閉じた玄関ドアの中央にある、カバーのない新聞受けを見ると、細長いフタが開いている。
そしてそこには、人間の目玉が二つ。
ギョロリと血走った目で、女性がこちらを覗いていた。
「うわぁ!」
中扉に一番近い位置にいた星川が、大声で叫んで立ち上がると、そのまま勢いよく扉を閉める。
「これってやっぱり、彼女の話をしてたから?」
「たぶん、そうです」
辻堂と成瀬も立ち上がって頷きあった。
山女は山北の話していた通り、名前を出して話していると、その場所にやってくるらしい。
「そ、そんなことより! 逃げないと!」
星川がそう言って、窓の方に駆け寄った。掛かっていたレースカーテンを開けて、窓を開けようとする。
アパートの2階なので、窓から逃げられると考えたのだろう。しかしここは普通のアパートと違って、窓の外に人が通れるスペースはない。
「待って星川くん! そっちからは出られな――」
制止する成瀬の話も聞かず、星川が窓を開けると、小さくて狭いベランダに赤いワンピースを着た女が立っていた。
「うわああ!」
驚きのあまり、星川が腰を抜かして崩れ落ちる。
血走った目を見開き、気味が悪いほどに口角を上げて微笑むその表情は、アルバムに残されている母の顔にそっくりだ。
成瀬は身体はベランダに向けたまま、そっと玄関の方に視線を向ける。中扉のすりガラス越しに、開きっぱなしの細長い穴から光が漏れているのが分かった。どうやら玄関の新聞受けは開いたままだが、こちらを覗いていた顔はなさそうだ。
ビジネスホテルで山女に遭遇した際、彼女から視線を逸らすと、すぐに移動して近づいてきていた。
しかし今は同時に見た人間が三人もいるせいか、自分一人が視線を逸らしただけでは移動しないらしい。
「二人とも、そのままで聞いて。アイツは姿を見た全員が視線を逸らさない限り、たぶん移動しない」
成瀬はそう言いながら、辻堂と星川の荷物をそれぞれ掴ませ、自分も必要な荷物をしっかりと持った。
「俺が合図をしたら、二人は玄関に向かって。その間、俺は山女を見張ってるから」
「成瀬くんはどうするのよ!」
「俺は後ろ向きで歩くから、どっちかが腕を引いて誘導して欲しい」
「じゃあ、オレがやります」
「頼むね」
三人は視線を山女に向けたまま頷き合う。
「じゃあ、いくよ。……一、二の、三!」
成瀬の合図とともに、辻堂が中扉を開け、玄関のほうへ走ってそのままドアを開けた。
星川は窓の方を向いたままの成瀬の腕を掴み、転ばないよう玄関まで誘導する。
そして三人が靴を履き、外廊下に出たところで、玄関のドアを閉めた。
「で、出られた……!」
鍵をかけた途端に、全身から一気に汗が吹き出す。もう暑さのせいかどうか分からない汗だ。
心臓がドクドクとうるさくて、よほど緊張していたのが分かる。
しかしすぐに成瀬はハッとして顔を上げ、外廊下の両端や柵の向こうなど辺りを見回した。アパート周辺に相変わらず人の気配はなく、静かなまま。
成瀬がホッとするように息をつくと、星川が口を開いた。
「とりあえず、これからどうします?」
「蒼蓮寺に行って、相談しよう。出張中だった和尚様ももう戻ってきてるはずだし!」
ちょうど明日、お祓いの予約を入れていたので、行く予定になっていたのだが、今の状態では明日が来るまでに自分たちがどうなっているのか分からない。
「そうしましょう」
頷き合った三人は急いで外廊下の端まで向かい、そのまま階段を駆け降りる。すると、最初に1階まで降りた辻堂が「あっ!」と声をあげて立ち止まった。
「どうしました――」
後ろに続いていた成瀬は、辻堂の見つめる視線の先を見て息を呑む。
アパートとその後ろにある塀の隙間から、赤いワンピースを着た女が、半身だけ出してこちらを見ていた。
成瀬は山女に視線を向けたまま、辻堂の肩を叩く。
「辻堂さんは車を近くまで回してください。星川くんは、車が近くまできたら俺を誘導して」
「わ、わかったわ」
辻堂が足早に遠ざかる音を背中で聞きながら、成瀬はじっとこちらを窺う赤い影を見つめた。
半分だけ見えている口は、口角が気持ち悪いほどにつり上がり、見開き血走った目からは何の感情も読み取れない。
アパートと塀の間には、人間が入り込めるような隙間はないはずだが、そこに立てるということは、やはり彼女は人間などではないのだ。
しばらくして星川が成瀬の腕を掴む。
「成瀬さん、車きました。行きましょう」
「……うん」
部屋から出る時と同じように、成瀬は星川が引っ張る方向に、ゆっくり足を動かした。
視線を逸らしたら、次はどこに現れるか分からない。
まるで『だるまさんがころんだ』のように、成瀬はなるべくギリギリまで視線を向けたままでいたかったのだが、車に乗り込む際、一瞬だけ視線を逸らしてしまった。
「――しまった!」
ハッとした時には、成瀬が閉じた車のドアの向こう側に赤い山女が立ち尽くしている。
予想していたよりも、異様に高い位置にある目が、ドアの内側にいる自分を見下ろしていた。
「きゃああー!!」
辻堂が叫びながらアクセルを思い切り踏んだので、タイヤがキュルキュルと音を立てながら急発進する。
成瀬は慌てて窓に頬を押し当てて、道端に佇む山女を見つめた。
道路を曲がって見えなくなるまで、彼女は笑顔を貼り付けたままの顔でじっと車を見送っていた。
「……はぁ〜」
赤い影が見えなくなり、成瀬はようやく窓から顔を離す。そして大きな息を吐きながら、助手席のシートに深く座り込んだ。
「危なかったですね」
「うん、ギリギリだった」
下手をすれば、車の中まで入られていたかもしれない。
これだけ距離をとれば、しばらくは追いかけてはこられないはず。そう願うしかない。
「蒼蓮寺に連絡しておいた方がいいかも」
「そうですね」
成瀬は自分のカバンから携帯電話を取り出そうと漁っていると、後部座席に座っていた星川が、助手席のヘッドレストをバンバン叩いた。
「な、成瀬さんっ。成瀬さん、外!」
「え?」
星川のほうを見ると助手席側の窓の外を、驚愕の表情で見つめている。
成瀬が窓の外を見ると、道路沿いにある大きな公園の中央に、寸尺のおかしい巨大な人影が立っていた。
赤い服にボサボサの黒くて長い髪。どう見ても赤い山女だ。
「……うそでしょ?」
窓の外を見たまま呟く成瀬に、運転中の辻堂が泣きそうな声を上げる。
「ねぇ、何? 何があったの?」
「山女がいるんです。たぶん、追いかけてきてるんだ……」
走っているうちに公園を通り過ぎ、住宅を中心とした街並みが続く。
「あれ、サイズおかしくないですか?」
「それも変だったけど、あんなのがいるのにどうして誰も騒いでなかったんだろ」
すでに夕暮れが近づいている時間。通り過ぎた公園では、小学生たちがそれぞれ遊んでいたが、明らかに不審な山女には一切見向きもしていなかったのが気になる。
「オレたち以外には、視えてないってことですか?」
「たぶん、そうなんだと思う」
不意に車が停止する。前を見ると、ちょうど交差点の信号に捕まったところだった。
「追いかけてきてるってことは、見つけたら見張っておかないと近づいてきちゃうのかしら?」
辻堂が不安そうな声で尋ねる。
「そうかもしれません」
成瀬はそう返しながら、窓の外から見える、ほんのりとオレンジ色に染まり始めた街並みに注意を向けた。
ちょうど、停止している交差点に合流してくるほうの道路に目を向けると、大きな立て看板の影から身体を半分だけ見せるようにしてこちらを窺っている人物を見つける。
赤いワンピースに黒い髪。山女だ。
「……いました」
「やだー、もう!」
辻堂が泣きそうな声でハンドルを握りしめる。
「どこにいます?」
後部座席の星川の位置からは視えないのか、座席の後ろで右往左往しているのが分かった。
「そこからじゃ多分視えないよ。俺が見張っておくから」
「……はい」
星川が大人しく座席に座り直すと、ちょうど信号が青になった。
「追いつかれる前に、辿り着かないと!」
辻堂は発進してすぐスピードを一気に上げて、前を走る車両をどんどん追い越していく。
「ちょ……辻堂さん! 安全運転で!」
「大丈夫よ、ずっとゴールド免許だから!」
成瀬たちを載せたK新聞の社用車は、法定速度を越えていそうな猛スピードで、大通りを駆け抜けていった。
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