長編

🗞️K新聞の禁忌欄

横峯市内で体験した「やってはいけない話」を集めています。

地方紙K新聞が運営するメディアサイトの若手ライター成瀬は、夏向けのホラー特集「K新聞の禁忌欄」の企画リーダーに抜擢された。横峯市東部エリアから募集した怖い体験や、地域の“やってはいけないこと”を取材・検証して記事にしていく企画。 たくさんの投稿の中から記事化を進めていくにつれ、編集部や成瀬自身の身の回りで不可解な現象が発生するようになりーー。 怪談蒐集からはじまる連作形式の長編ホラー。 *第2回創元ホラー長編賞に参加中の作品です*ホラー / ミステリー / 現代 / 怪談蒐集

第十三話 失踪

 休日明けの朝。K新聞社ビルのエレベーターホールで、辻堂がエレベーターを待っていると、後ろから声を掛けられた。
「辻堂さ〜ん! おはようございますっ」
「ああ、久地さん。おはよう」
 ちょうどいいタイミングでエレベーターのドアが開いたので、二人で一緒に乗り込み、久地が『27』と書かれたボタンを押す。
「そうだ、辻堂さん」
「なに?」
「禁忌欄の企画、中止になっちゃいましたけど、私、一つ気になってることがあって」
 久地の方を見ると、視線はエレベーター内の階数表示に向けたままだった。
「なんで成瀬くんだけ、『山女』に追いかけられてるのかなぁって」
 辻堂は久地の言葉に、昨晩も夫に同じようなことを聞かれたのを思い出す。
 編集部の一番若いライターの男の子が『山女』という怪異に付き纏われて泊まる場所を転々としており、もしまた泊まる場所を変えなければいけなくなった時は、うちに呼んでもいいだろうか、と夫に相談したのだ。その時、夫にも同じことを聞かれたのである。
『お祓いをして編集部で変なことは起きなくなったんだろう? なのにどうしてその子だけ、怖い目に遭ってるの?』
「……私も、それが気になってるのよね」
 七摘町の怖い話を集めていたオカルト研究会は、山女に嘘の呼びかけをするという『よくないこと』をしたので、メンバーが全員行方不明になった。
 けれど、成瀬は自分たちと同じように取材と調査をし、記事を書いていただけである。
「成瀬くんは確かに山女関連の記事をいっぱい書いてはいたけど、別にふざけたりはしてませんもんねぇ」
「そうよね。山女が成瀬くんを気に入ったのか、それともなにか別の理由があるのかしら」
「あ、成瀬くんの名前が、山女の探してる子どもの名前と同じだから、とか?」
「それは……確かにありそうねぇ」
 事故物件や事故現場に現れた赤い山女は『ケイちゃん』を探していたので、その辺りが理由なのだろうか。
「まぁ、他にも理由がありそうってことで、今度部長と一緒に成瀬くんの実家に行くみたいよ」
「え、七摘町にあるっていう、ご実家に? 大丈夫なんですか?」
 七摘町は山女の住処でもある、七摘山がある場所だ。
 敵の本拠地に向かうようなものなので、久地もさすがに驚いたらしい。
「うん。山女のことも心配だから、部長が一緒に行くんですって。一応、私も一緒に行こうと思ってるけど」
「奥沢部長、成瀬くんにはめちゃくちゃ過保護ですよねぇ〜」
 久地がどこか呆れたように言う。奥沢の成瀬への気の掛け方は、成瀬本人が戸惑うくらいに重いので、編集部内でもたまに話の種になるほどだ。
「部長の家に泊まってる時に成瀬くんが理由を聞いたら『お父さんと同じで何かに夢中になるとご飯を食べないから気になるんだ』って言われたらしいわよ」
「部長の差し入れが成瀬くんの好物ばっかりなの、そういう理由かぁ」
 久地がこれまでのことを思い出し、なるほどなぁとしみじみ頭を振る。
「見た目もそっくりらしいから、部長としては気になって仕方ないんでしょうね」
「でも確かに、いっつもサンドイッチしか食べてないイメージがあるもんなぁ、成瀬くん」
 そんな話をしているうちに、エレベーターは27階に着いていた。エレベーターを降りると、二人は通路を進んで編集部のある部屋を目指す。
 通路沿いの大きな窓ガラスからは、よく晴れたあざみ区内の街が見渡せた。
「それ、イメージじゃないわよ。実際そうなの。だから成瀬くんと一緒に外出する時のお昼は、強制的に定食屋とか連れて行ってるもん」
「……辻堂さんも、部長に負けず劣らず過保護ですよねぇ」
「えーそうかなぁ? 部長ほどじゃないと思うけど」
 どこか楽しそうにいう久地に、辻堂は肩をすくめて答え、あざみ区エリア編集部のドアを開ける。
「おはようございます」
「おはようございまぁす」
 室内にはすでにほとんどのメンバーが出社しており、今日も慌ただしく動き回っていた。
 辻堂が自席に座ると、向かいの席にいるはずの成瀬の姿がない。
「あれ、成瀬くんまだ来てない?」
 そう言いながら辻堂が辺りを見回していると、印刷したプリントを整理していた根岸が答える。
「今日はまだ見てないですね」
「本当?」
 答えた辻堂がパッと奥にある、奥沢が座る席に目を向けると、そこにはすでに座るべき人が座っていた。奥沢が出社しているなら、彼の家に泊まっているはずの成瀬と一緒に来るはずだが。
「奥沢部長、成瀬くんは?」
「……実は、一昨日から本郷町にあるビジネスホテルに移動しててね」
「えっ部長の家にも赤い山女がきたんですか?」
 奥沢の言葉に、久地が驚いた声を上げる。すると、奥沢は困ったように眉をひそめたまま深く頷いた。
 成瀬が奥沢の家に泊まってから一週間も経っていない。山女の見つけるスピードが妙に早くなっていないだろうか。
「僕は実際には見てないんだけど、成瀬くんは赤い影を見たらしい。不自然にカーテンや窓が開いたりもしてたし、近づいてきてるなと感じたから、すぐに移動させたんだ」
「もうお祓いに行きましょうよぉ!」
 久地が真っ青な顔で訴えるが、奥沢は腕を組むばかりだ。
「そうしたいが、蒼蓮寺の和尚が出張中なんだろう?」
「でもそれって、確か少し前の話ですよね? そろそろ出張から戻ってきてないか、確認しましょうか?」
 根岸が久地を宥めながら奥沢とそんなやりとりをしている横で、辻堂は成瀬に電話をかける。
 プライベート用と会社用の二つの携帯電話を持っているはずなので、それぞれかけてみたが、呼び出し音が続くばかりで出る気配はない。
「……だめだ、出ない」
「本郷町から来るなら、電車で移動中とかでしょうか?」
 平間が不安そうな顔で言う。しかし時計を見るとすでに出社時間は過ぎていて、遅刻の連絡もないのであれば、何かあったとしか思えない。
「泊まってるホテルに行ってみようか?」
 奥沢がそう言って立ち上がったタイミングで電話が鳴った。
 登録していない番号からの外線。番号的に携帯電話からのものだ。
 咄嗟に辻堂が取ると、聞こえてきたのは意外な人物の声だった。
《すみません、横峯大学学生の星川と言います。あの、成瀬さんていらっしゃいますか?》
 走りながら掛けているのだろうか、妙にはぁはぁと息が荒い。
「あ、星川くん? 実は成瀬くんが出社してなくて。部長の家から本郷町のホテルに移動したはずなんだけど」
 辻堂の返答に星川が息を呑んだようで、少しの間を置いて言った。
《……あの、実は成瀬さんから変なメールが来ていて。たぶん、編集部宛にもいってると思うんですけど》
「成瀬くんからの、メール?」
 辻堂の言葉に、根岸がすぐにメールボックスを開く。
 確かに成瀬から一通のメールが来ていた。
「メール、来てます!」
 しかしそのメールは、遅刻の連絡や居場所を伝えたりするものではなく、謝罪のメールだった。

 ◇ ◇

 編集部のみなさん、星川くんへ

 俺が以前書いた【怖い話を集めてはいけない】という記事には、一部誤りがあります。
 過去に事故物件のアパートで行っていた『度胸試し』の部分です。
 参加していたことは事実ですが、俺が新聞受けを覗いた時に女の人の足が見えた、というのは嘘なんです。
 嘘の記事を書いてしまい、申し訳ありませんでした。
 ああやって書いたほうが盛り上がると思ったんです。

 だから、赤い山女が俺の元に来たのは、嘘をついたせいなんだと思っていました。
 嘘の記事を書かれて、怒っているんだと。
 そのことをずっと黙っているから、追いかけてくるんだって。

 それなのに、嘘の体験と同じことを経験したっていう人が現れて、怖くなりました。
 もしかして、嘘が本当になったのかなって。
 でもそのうち、どっちが本当か分かんなくなってきたんです。
 絶対に女の足なんか見てないのに、覗いた時のことを思い出すと、足があったような気がして。
 俺、本当は見てたのかもしれないなって。
 だから今度は、それを見てなかったって、無かったことにしてるのを怒ってるのかなって。
 そう思い始めたんです。

 でも結局、どれも違いました。
 俺の前に現れた赤い山女は、母の顔をしていたんです。
 アルバムに残ってる写真で見たことのある顔をして、母の好きだった赤色のワンピースを着ていました。
 どういう理由で、どういう経緯で母が山女になったのかは分かりません。
 もしかしたら、俺が幼い頃あの事故物件のアパートに住んでいたのと関係があるのかもしれません。
 山女が呼んでた『ケイちゃん』って、結局、俺のことだったんですよ。
 俺をずっと探してたんです。
 それでようやく俺を見つけたから、俺に付き纏ってるだけなんです。

 なので、俺が山女の元に帰ればこの奇妙な現象は止むのだと思います。
 ご迷惑をおかけしてすみませんでした。

 母の元に帰ります。

 成瀬蛍

 ◇ ◇

「昔、あの事故物件に住んでた……?」
「だからあのアパートのことを調べてたの?」
 メールを読んで驚愕する久地や辻堂に、奥沢は頷く。
「実はうちに泊まっていた時、このことは僕に話してくれたんだ。理由を知らないかって」
「成瀬くんのお父さんと部長は、お知り合いでしたもんね」
「ああ。でも、成瀬くんたちが七摘町に住んでいた頃、僕は海外で働いていたから、その件については何も知らなくて」
 結局、何故同じ町内に実家があるのに、あのアパートに住んでいたのかが分からず、その理由を探るため、実家に遺されている成瀬父の荷物を紐解きに行こうと言う話になったのだ。
「以前、成瀬くんが家族のことを話してくれた時、お母さんが病気で亡くなった後、お父さんの仕事の都合で引っ越すまでは七摘町の実家に居たって言ってたから、その前に住んでたのかしら?」
 辻堂の言葉に、奥沢が眉をひそめて尋ねる。
「ん? 病気で亡くなった?」
「え。はい、そう聞きましたけど」
「おかしいな。彼の父からは『事故で急死した』と聞いているんだが」
「……え?」
 成瀬の母が亡くなっているのは事実だが、その理由が病気と事故ではだいぶ違う。奥沢と辻堂がどういうことだ? と首を傾げていると、平間が慌てたように叫ぶ。
「そ、そんなことより、メールの最後! お母さんの元に帰るってコレ、危なくないですか?」
「え、もしかして自殺しようとしてるってこと!?」
「……マズイな」
 奥沢が焦ったような声で呟くと、ずっとパソコンに向かって何かしていた根岸が声を上げた。
「成瀬くんの居場所、わかりました」
「えっ」
「本当?」
「はい、社用携帯の電源が入ったままだったみたいなので、位置情報を確認していたんです。今は、七摘町で止まってます。場所的に、例のアパートじゃないでしょうか」
 根岸のパソコンに集まると、画面に表示された地図上で示されているポイントは、確かに七摘町にある例の事故物件アパートに近い。
「よし、七摘町へいってみよう」
 奥沢はそう言うと上着を羽織り、外出用のカバンを用意する。
「辻堂くんは僕と一緒に。他のみんなは、それ以外の対応をお願いね」
「わかりました!」
 大急ぎで支度をし、奥沢と辻堂がエントランスのある2階まで降りると、ちょうど星川がK新聞社ビルにやってきたところだった。
「あ、星川くん!」
「辻堂さん!」
 気付いた星川がはぁはぁと息を上げながらやってくる。どうやら電話をかけていた時から、K新聞社ビルに向かって走ってきていたらしい。
「ああ、君が星川くんか」
 奥沢は星川についてはどんな人物だったのか報告しか受けていなかったので、対面するのはこれが初めてである。
「あの、成瀬さん探しに行くんですよね? オレも連れてってください!」
 きっと星川も、自分のせいで成瀬が山女の元へ行ってしまったと思っているのだろう。どこか思い詰めたような表情で訴える星川に、奥沢は頷いた。
「わかった、一緒に行こう」

 ◇ ◇

 社用車を飛ばし、大急ぎで七摘町に向かうと、事故物件アパートに到着する頃にはお昼近くになっていた。
 アパート前の通路の路肩に車を止め、三人はアパートに向かう。
 七摘山の大きな山影を背景にして建つ、古い木造二階建てアパート。日が高く、よく晴れた青空の下だというのに、どことなく薄暗い雰囲気を纏っていた。
「ここが、例の事故物件アパート、ですか?」
 星川の問いかけに、辻堂が頷く。
「ええ。取材で何度か来てるけど、何回見ても妙に暗いのよね」
 2階通路の柵につけられた『入居者募集中』の看板はすっかり薄くなって見えないし、どの部屋の扉も固く閉じられているのは、以前来た時と変わらない。
「本当にここに成瀬さんがいるんでしょうか」
「成瀬くんが持ってるはずの社用携帯の位置が、この辺から動いてないみたいだから、たぶん……」
「とりあえず、近くまで行ってみよう」
「1階の、一番端の部屋ですよね?」
 かつては芝生が敷き詰められていたと思われる、荒れた庭に面した部屋。その中でも七摘山がよく見える、一番右端の部屋へ、三人はおそるおそる近づいていく。
 庭側に面した窓があったので、そこから中を覗いてみたが、ガランとした荷物もなにもない薄暗い部屋が広がっているだけで、奥の方は分からない。
 裏側に回ってみると、リビングとその隣の寝室らしき大きな窓があったが、日差しよけなのか白いカーテンがかかっていて中を見ることはできなかった。
「成瀬さん、いる感じしませんね……」
「うーん、でも、奥のほう……なんか、見える気がするんだけど」
 星川は諦めたようにため息をついたが、奥沢は庭に面したカーテンのかかっていない窓から懸命に奥を窺っている。
「社用携帯はこの辺りにあるはずなんだけど……」
「電話かけたら、分かったりしないかな?」
「ちょっと、掛けてみますね」
 辻堂が成瀬の持っているはずの社用携帯に電話を掛けた。
 呼び出し音が鳴ったので、電源は入っている。周囲を見渡したが、音らしいものは聞こえない。
「音がサイレントになってたら、意味ないんじゃ……」
「シッ! 静かに!」
 星川の言葉を遮るように、奥沢がそう言って人差し指を口の前に当てる。
 よくよく耳を澄ませてみると、どこからか、ブーブーと携帯電話の振動音が響いていた。
 音の出所を探っていると、庭に面した窓の、その内側から聞こえている。
「やっぱり中にいるんだ!」
 三人は急いで玄関の方に向かった。
「でも、不動産管理なら開いてないはずで……」
 辻堂がそう言ったが、奥沢が玄関のドアノブを回すと、そこはガチャリとあっさり回ってしまった。
「え、開いてる?」
 奥沢は驚きつつも、玄関ドアを引き開ける。ドアを開けると、外に漏れ聞こえていたバイブ音が大きくなった。
 妙に大きく響くので玄関を見回すと、コンクリートでできた小さな土間の端の方に、見覚えのあるスニーカーが揃えて置かれている。そしてそのすぐ近くに、ブーブーと振動し続ける携帯電話が転がっていた。
「あ!」
 辻堂が呼び出しを止めると、携帯電話も静かになる。
「成瀬くんの携帯、ここにあったのね。それにこの靴……」
「やっぱりここにいるんだ……」
 奥沢が呟くように言うと、土足のまま中に入っていった。
「成瀬くん! いるのか!?」
 周囲を見回しながら呼びかける奥沢に、辻堂と星川も後に続いて中に入る。
 長年無人のままなせいか、何もない室内はすっかり埃が溜まっていた。
「成瀬くーん!」
「成瀬さーん!」
 広くて何もないキッチンとリビングを見回すが、やはり誰もいない。
 何もないはずなのに、どことなく生ゴミの腐ったような匂いが僅かに漂っている。
「……確か、ここで亡くなった人って、奥の寝室で眠るように死んでたんですよね?」
「今それ言わないでよ!」
 トイレやお風呂場なども見たが、誰もいない。
 残るは奥の、襖が半分だけ開いている寝室。
「成瀬く〜ん? いますか〜?」
 そう言いながら、辻堂がおそるおそる引き戸を開けた。
 すると、ガランとした畳敷きになった部屋の中央に、若い男性が横たわっている。
 固く瞼を閉じたその男性こそ、成瀬だった。
「成瀬!?」
 気付いた瞬間、弾かれるように奥沢が成瀬のもとへ駆け寄り、その身体を抱え起こす。
「成瀬くん! 成瀬くん!!」
「しっかりして、成瀬くん!」
 続いて駆け寄った辻堂が体を揺すると、小さく瞼が震えて。
「……うっ」
 僅かな呻き声。
 生きている。
「よかった、生きてる!」
 奥沢が嬉しそうに成瀬を抱きしめた。
 それでも成瀬が目を覚ます気配はなかったが、規則正しい呼吸だけはかすかに聞こえている。
「成瀬さん……よかった……!」
 喜ぶ奥沢と辻堂の様子を眺めながら、星川は部屋の出入り口で崩れるように座り込んだ。
「そうだ、救急車! 救急車呼んで!」
「は、はい!」
 奥沢の言葉に、辻堂は自分の携帯電話を取り出すと、急いで119番に掛けた。