
エピローグ
「あー、また届いてる」
あざみ区エリア編集部の一画で、平間がうんざりしたような声を漏らす。
禁忌欄の特集企画はすでに終了したものの、募集用メールアドレスから編集部に転送する設定が生きているのか、メールボックスに新しい体験談が届いていたのだ。
七摘町にある龍神公園では、夕方六時を過ぎると子どものお化けが出るって噂があります!
特に子どもが一人きりで遊んでいると現れて、一緒に遊ぶとすごく楽しいそうです。でもそのお化けは遊んでいる間に寿命を吸い取るらしくて、遅い時間まで一緒に遊んでいると、翌日高熱を出して大変なことになってしまうそうです。
その辺りの子どもが何人も原因不明の高熱で倒れていて、騒ぎになっているそうです。
「あれぇ、システム部に設定削除の申請を出したんだけどなぁ」
ぼやく平間のパソコンを覗いていた奥沢が、のんびりした声を上げる。
予定より早く企画を終了することにしたので、伝達が上手くいっていないのかもしれないな、と奥沢は頭を掻いた。
「早く削除してほしいです! もう怖い話見たくないですよぉ」
「そうだよねぇ。これからシステム部に行くところだから、伝えておくよ」
奥沢は平間を宥めるように言うと、編集部を後にする。
廊下から見える二つの山は、遅い秋に合わせるように、ちらほらと紅葉し始めていた。
エレベーターホールに繋がる通路で、たくさんの本を抱えた成瀬とばったり会った。
「お、成瀬くん」
「あ、奥沢部長。お久しぶりです」
「新しい部署はどう?」
「はい、まだ慣れないことも多いですけど、なんとかやってます」
「そうかそうか」
蒼蓮寺の和尚に祈祷をしてもらって以降、山女は本当に姿を見せなくなった。
しかし、山女は『現象』である。『山女の子ども』である成瀬が、七摘町や七摘山に行ったり、母親のことに意識を向けてしまえば、条件が揃ったことになって、すぐにまたやってきてしまうだろう。
そのために奥沢は、すぐに禁忌欄の企画を終了することにした。
さらに成瀬を七摘町から遠ざけるため、部長としての権限を使い、成瀬をあざみ区エリア編集部から、全く違う部署に異動させたのである。
新しい部署は出張が多く、県内のほか県外まで行って取材して回ることがメインだ。山女からなるべく距離を取り、留まる場所を変え続けたい成瀬にはちょうどいい部署だろう。
「今度辻堂くんや星川くんも呼んで、引っ越しのお祝いをしようと思ってるんだけど、いつなら行けそうだい?」
「あー、来週からさっそく出張なので、今週中ならいつでも大丈夫です」
「わかった。じゃあ調整して連絡するね」
「はい、ありがとうございます」
成瀬が一礼し、あざみ区エリア編集部とは違う部署へ向かうのを、奥沢は目を細めて見送った。
◇ ◇
「えーっと、二週間は泊まるからな……」
成瀬は自宅で旅行用のキャリーケースに、出張用の荷物をまとめていた。
部署はあざみ区と関わりのないものに変わり、アパートも衛宮町の隣の黄藤町へ引っ越している。
蒼蓮寺の和尚による祈祷の力がまだ効いているのか、今のところこのアパートで赤い影は見ていない。
ふとテーブルをみると、先日の引っ越し祝いの席で星川から貰った新聞が置かれており、成瀬は何気なく付箋のつけられた箇所を開く。
星川から「兄の遺体が、七摘山に流れる川の下流で見つかりました」と教えてもらい、これはその報道がされた時の新聞だ。
「……鑑定の結果、五年前に行方不明となっていた星川
山女はやはり、攫った人たちが逃げ出しても、死にそうになっても、ずっと見守っていたのだろう。
自分もきっと例外ではない。
そして次にまた彼女に連れ去られたら、きっとあのアパートに閉じ込められるのだろう。前回のように辻堂たちがすぐに駆けつけてくれるとは限らないので、可能な限り彼女からは逃げ続けなければ。
「……これも、持って行ったほうがいいよな」
和尚が特別に、念入りに力を込めたというお札。普段はこの部屋の一番高い場所に飾っているのだが、念の為にとキャリーケースの内ポケットにお札を入れた。
「よし、寝るか」
準備を終え、成瀬はベッドに横たわり、電気を消して目を閉じる。
出張先は県内とはいえ、行ったことのない二つ隣の市で、電車でもそれなりに時間のかかる場所。
見たことのない景色や、美味しいものがたくさんあると、新しい部署の先輩たちに教えてもらったので、仕事とはいえそれを堪能できるのが楽しみではある。
不意に、キィ、と何か金属を引っ掻くような音がして、成瀬は目を開けた。
「……ああ、もう来たのか」
成瀬は諦めたように呟く。
新しいアパートの新聞受けはきちんとカバーがしてあるので、フタを上げただけでは室内を覗けない。
でもきっと、彼女がそこから見ている。
幸い明日から出張で、しばらくこの家には誰もいない。
そうやって、逃げ続けるしかないのだろう。
成瀬は再び目を閉じた。
〈了〉
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