長編

🗞️K新聞の禁忌欄

横峯市内で体験した「やってはいけない話」を集めています。

地方紙K新聞が運営するメディアサイトの若手ライター成瀬は、夏向けのホラー特集「K新聞の禁忌欄」の企画リーダーに抜擢された。横峯市東部エリアから募集した怖い体験や、地域の“やってはいけないこと”を取材・検証して記事にしていく企画。 たくさんの投稿の中から記事化を進めていくにつれ、編集部や成瀬自身の身の回りで不可解な現象が発生するようになりーー。 怪談蒐集からはじまる連作形式の長編ホラー。 *第2回創元ホラー長編賞に参加中の作品です*ホラー / ミステリー / 現代 / 怪談蒐集

第十四話 正体

 目を開けると、目の前に真っ白な天井があった。
「……あれ?」
 見たことのない天井に、ここはどこだろうと考えて、ツンと鼻をつく消毒液の匂いに、成瀬は病院にいるのだと気付く。全身に力が入らず、ずんと重い何かが身体の上に乗っているようで、起こすこともできない。
 目だけは動くので、ぐるりと周囲を回すと視界の端に細い透明の管が下がっているのに気付き、自分はベッドに寝かされ、点滴を受けているのだということが分かった。
 不意にカラカラと引き戸の開く音がして、目だけをそちらに動かすと、花を活けた花瓶を抱えた辻堂が、驚いた顔で立ち尽くしている。
「成瀬くん……! よかった、意識が戻ったのね!」
 花瓶をすぐ近くの棚に置くと、辻堂が嬉しそうに涙を浮かべてこちらに駆け寄ってきた。
「あの、俺……」
 言葉を続けようにも、喉がカラカラで声が出ない。
「うん、大丈夫。とりあえず、先生に診てもらってから、ゆっくり話そ!」
 そう言って辻堂が、ベッド脇にあったナースコールを押す。
 すぐに慌ただしく医師や看護師がやってきて、諸々の検診を終える頃には、辻堂から連絡を受けたと思われる奥沢が病室にやってきていた。
「実は成瀬くん、あの事故物件アパートの中で、倒れてたのよ」
 辻堂は、出社時間になっても連絡が取れない成瀬の社用携帯の位置情報を頼りに探し回り、事故物件アパートの室内で成瀬を発見したのだと説明した。それを聞いた成瀬は、ただただ愕然とする。
「え、あのアパートに? 俺が? なんで?」
「覚えてないの?」
「……はい」
「じゃあこのメールをみんなに送ったのも、覚えてない?」
 辻堂はそう言うと、持ってきていた携帯電話で、成瀬が失踪前に編集部と星川宛に一斉送信したメールを見せた。
 最初から最後まで、何度も目で往復して読んでみたが、成瀬自身には全く身に覚えのない文章だ。
「知らないです。これ、本当に俺が送ったんですか?」
 困惑して頭を横に振る成瀬は、受信日時欄の『三日前』という表示に愕然とする。
「てか、え……三日前ってことはもう木曜? え?」
 携帯電話に表示された日付にさらに驚く成瀬をみて、辻堂と奥沢は顔を見合わせた。
 嘘をついている様子はない。本当に知らないようだ。
 奥沢は改めて成瀬に尋ねる。
「じゃあとりあえず、成瀬くんの中の、最後の記憶はなんだい?」
「……えっと、本郷町のビジネスホテルに泊まって、外に出るのも怖いんで部屋に篭って仕事してたんです」
「それは、いつの話?」
「日曜の昼です。月曜にチェックに出したい原稿があったんで、書いてました。――そしたら、音が聞こえたんです」
 成瀬はギュッと真っ白な掛け布団を握りしめた。
「音?」
「はい。自宅のアパートでもよく聞いた、新聞受けを開ける時の『キィ』って音です」
 アパートでは山女が現れる時、必ず最初にあの音がする。
 なのでまるで条件反射のように、あの音が聞こえると身体が強張ってしまうようになった。
「どこから聞こえたんだろうって思って、部屋中を見てみたんですけどそれらしいのがなくて。そういえば廊下に自販機あったなって思って、覗き穴から廊下を見たんです」
 泊まっていた部屋は、ちょうど通路の突き当たりにあり、自分の部屋からT字のようにまた左右に通路が伸びるような形をしていた。なので目の前はエレベーターまで続く通路がまっすぐ見え、その途中、煌々と光を放つ自動販売機があったのだ。
「ちょうど自販機の前で、宿泊客がジュース買って飲んでるのが見えたんです。ああ、アレの音だったか、ってホッとしてたら、ドアの前を赤い人影がスーッて横切って」
 すぐに覗き穴から顔を離した。
 まだ移動して一日しか経っていないので、信じたくなかった。
「きっと宿泊客だろうって思って、作業に戻ろうとしたら、少しだけ開いたカーテンの隙間から、窓の外に赤い影が見えたんです」
 泊まっていたのは、ホテルの12階。部屋に入ってすぐ外を確認したが、赤いものなんて何もなかった。
「ああもう、ここもダメだなんだと思って、すぐ財布とか携帯とかかき集めて、部屋を出ようとしたんです。部屋を出る時にそっちを見たら、もう部屋の中に入ってて、カーテンの隙間から赤いワンピースを着た半身が出てました」
 ホテルの窓ははめ殺しになっていて、開けることはできない。それを通り抜けてきた時点で、もうすでに人智を超えている。
 究極の『だるまさんがころんだ』をしているかのような気分で、成瀬は突き当たりにあるエレベーターに向かった。しかし――。
「慌てて部屋を出た後は、すぐにエレベーターに乗り込みました。でも、確かに一人で乗ったはずなのに、ドアの反射で後ろに赤い服を着た女がいるって気付いて。……振り返ってからの記憶はないです」
「やだやだやだ、もうホラー映画じゃん!」
 黙って聞いていた辻堂が、両腕を寒そうにさすって喚く。
「メールでは、赤い山女は母親の顔をしていたってあるけど……」
 奥沢が携帯電話に表示したメールの本文を見せながら尋ねると、成瀬は再びその文面をジッと見つめた。
「……このメールを書いた記憶はないですけど、山女の顔が母親だったのは、間違いないです」
 気を失う直前、写真で見た母親と同じ顔がそこにあり、オシロイの匂いがしていたことだけは、妙に鮮明に覚えている。
「このメール、俺がずっと考えてたことが全部書いてあるんで、無意識に本音を書いたのかもしれないですね」
 嘘をついてしまったという後悔と、嘘が本当になってしまった恐怖。
 そして、山女が母親だったという現実で、色々限界になってしまったのかもしれない。
「……でも、どうして母さんが山女に」
「それなんだけどさ」
 考え込む成瀬に、奥沢が口を開く。
「成瀬くんは、お父さんからお母さんの『死因』をなんて聞いてたんだい?」
「え? ずっと『病気』で入院してて、急に容体が悪化したって……」
 何を今更、という顔で成瀬が答えると、奥沢は妙に険しい顔をして言った。
「僕は君のお父さんから、奥さんは『事故』に遭って亡くなったと聞いているんだ」
 奥沢の言葉に、成瀬は目を見開く。
「えっ、そんなはずは! 俺自身に記憶はないですけど、アルバムに入院中の母を見舞いに行った時の写真がありましたよ?」
 成瀬の自宅に持ち込んでいたアルバムに、一枚だけだがそんな写真が確かにあった。もし『事故』で亡くなったのであれば、見舞いに行くということはできないはずである。
「僕も記憶違いだといけないと思って調べたんだけど、君が書いた【事故現場で手を合わせてはいけない】で亡くなったとされる女性がいたね」
「あ、はい。二十年以上前に三十代の女性が亡くなってて……」
「その記事の調査資料を見たんだが、亡くなった女性の名前は『羽沢まどか』さんだった」
「確かに、そんな名前だったような?」
 記事に亡くなった方の名前まで書いてしまうと、事故現場の特定に繋がると思い、記事では名前まで書かなかった。
「この名前に、聞き覚えはなかったんだね?」
「え、はい。初めて見たと思いますけど」
 キョトンとした顔の成瀬に、奥沢の表情はなんとも言えない、悲しそうなものに変わる。
「その女性が、君のお母さんだ」
「……え?」
「苗字も違うから気付かなかったんだろうね。君の父親は昔、結婚して奥さんのほうの『羽沢』の姓を名乗っていたんだ」
「え、は?」
 成瀬自身、全く聞かされていない話だった。
 奥沢の話が本当であれば、幼稚園などでも『羽沢蛍』と呼ばれていたはずである。しかし、幼すぎるからか、そんな記憶は一切ない。
「奥さんが姓を変えたくないから成瀬が改姓するんだと、結婚した時に言われたからよく覚えてる。奥さんが亡くなった後くらいに『成瀬』に戻したから、と連絡はもらったんだけど、どんな理由で戻したのかまでは、僕も聞いていなくてね」
 成瀬の父が結婚した後、奥沢は海外に行ってしまったと聞いている。手紙のやり取りが主だったせいか、当時のことまでは細かく聞けていないのだろう。
「奥さんが亡くなった後は、ご両親と一緒に君を育てていたし、男親の実家なのに、子ども世帯の苗字が違うと何かと都合が悪かったとか、そういう理由だろうけどね」
「……そんな」
 思ってもいなかった事実に成瀬が青ざめていると、不意にコンコンッと病室のドアをノックする音が聞こえた。
 辻堂が「どうぞ」と声をかけると、「失礼します」と言ってドアを開けて入ってきたのは、星川だった。
「あぁ、成瀬さん! よかった、意識が戻ったんですね」
 星川が心底ホッとしたような、嬉しそうな顔でベッドまで駆け寄ってくる。
「もう、倒れてるのを見た時は、死んでるかと思いましたよ」
「そっか、星川くんも探しに来てくれたんだね」
「山女の情報を教えたのはオレなんで。あの時はさすがに肝が冷えました……」
 深く息を吐きながら、星川は近くにあった丸椅子に腰を下ろした。
「なんだか皆さん妙に暗いですが、何かあったんですか?」
「うん、実はね……」
 辻堂は星川にも病気で亡くなっていたと思われていた成瀬の母が、実は事故死していたという話をかい摘んで伝える。
「なるほど。そうなると結局、成瀬さんのお母さんが『山女』という怪異になったか、取り込まれたかしてしまった、って感じなんですかね」
「たぶん、そういうことなんじゃないかしらねぇ」
 元々、山で一人になった人間に成り代わることができる『山女』だ。事故により亡霊となってしまった成瀬の母を取り込むくらいならできそうである。
「ちょうど、その事故が起きた頃くらいから、目撃される山女の色が、黒から赤に変わってるし」
「そうなんですか?」
「うん。この間、成瀬くんと一緒に時系列にまとめたの」
 辻堂はそう言うと、会議室のホワイトボードに七摘町で起きた出来事を時系列にまとめた時の写真を見せる。
「確かに、二十年前を境に変わってますね」
 写真を一通り眺めた星川は、うーんと腕を組んで唸る。
「オレは、山女は元々『姑獲鳥こかくちょう』の一種なんじゃないかと思ってたんですけど」
「姑獲鳥?」
「あ、はい。元々は中国に伝わる妖怪で、他人の子どもをさらって自分の子どもとしようとする妖怪です。妊娠中または産後に亡くなった女性が怪異と成る『産女うぶめ』と同一視されることもありますが、七摘山の山女は子どもをさらっていくという点で『姑獲鳥』のほうに近そうだなって思ってたんですよね」
 しかしその真相は、災厄を閉じ込める家で殺害された巫女が怪異となり、我が子を探し続けている姿だ。
「でも実際の『山女』は、子どもと引き離されて亡くなった亡霊で、自分と同じように子どもを残して死んでしまった成瀬くんのお母さんに同調して取り込んだ……?」
「同調した理由は? 子どもを残して亡くなるという人は、他にもいるだろう?」
 星川と辻堂の推理を聞いていた奥沢が口を挟む。
「やっぱり、あのアパートじゃないですか?」
「そうねぇ。自分が死んだ場所で暮らしていた女性だし、そういう波長みたいなものが合っちゃったのかしら」
「……母さん」
 母と過ごした記憶はあまりない。アルバムに残された写真を見ても、こんな顔だったのかと思ったくらいだった。そんな存在だけれど、死んでからも自分を恋しく思っているのかと思うと、なんだか切ない気持ちになる。
「成瀬くんはお母さんのこと、やっぱり覚えてない?」
「はい、正直あまり覚えてなくて、それに……」
 実はあまり母親のことを、意識して思い出さないようにしていた部分がある。
 何故なら母との記憶が頭の端に浮かんでくると、あの苦手な、むせるように甘ったるいオシロイの匂いを一緒に思い出して、気持ち悪くなるのだ。
「……ゔっ」
 なんとか思い出そうとしてみたが、やはりあの匂いを嗅いだ時の感覚に襲われてしまい、成瀬は思わず両手で口を押さえる。
「え!? だ、大丈夫?」
 驚いた辻堂が慌てて成瀬の背中をさすり、星川が近くにあったゴミ箱を抱えて差し出した。
 腹の底から込み上げた違和感をなんとか抑え、成瀬は大丈夫です、と手を挙げる。
「……すみません。実は母とのことを何か思い出そうとすると、オシロイの……あの化粧品みたいな匂いも一緒に思い出しちゃって、気持ち悪くなるんです」
「そう言えば、最初に山女に会ったって言った時も、そんな感じで吐いてましたよね。山女からオシロイの匂いがしたんですか?」
「……うん」
 山女からは、母と同じ匂いがした。
 ――やはり、アレは母なのだ。
「部長は、成瀬くんのご両親が結婚した後に海外に行ったんですよね? じゃあ、亡くなる前の成瀬くんのお母さんにも会ってたりしますか?」
「ああ、会ってるよ」
 辻堂がふと思い立ったように奥沢に尋ねると、奥沢は大きく頷く。
「結婚式にも出たし、結婚の報告にも二人で来てくれたからね」
「その時にオシロイの匂いをさせてた、みたいなのって覚えてます?」
「さすがに覚えてないけど、してなかったと思うなぁ。どちらかと言うと、あまり化粧っ気のない人だったし。二人とも写真を撮るのが好きだったから、それがきっかけで仲良くなったって話はしてくれたけど」
 奥沢の話に、今度は辻堂がうーんと困ったような顔で腕を組んだ。
「もしかしたら、成瀬くんが女性やオシロイの匂いに拒否反応でちゃうのって、お母さんのせいなんじゃないかなって、思ったんだけど」
「母の……?」
「うん。匂いと記憶って、結構一緒に覚えてしまってることも多いじゃない。だから昔、オシロイの匂いがするお母さんに何かこう……良くないことをされたとか、あるんじゃないかなって」
 辻堂の言葉に、成瀬はアルバムにあった写真を思い出す。
 幸せそうに笑う母の隣で、妙に嫌そうな顔をした赤ん坊の写真があった。
「……それは、あるかもしれません」
「ええ!?」
 成瀬の言葉に、辻堂だけでなく、奥沢や星川も驚く。
「なんか、思い出したんですか?」
「覚えてはいないけど、母と二人きりで写ってる写真、妙に俺が嫌そうな顔をしてて……」
 怖いと思った記憶はない。
 けれど幼い自分は、母の何かを嫌がっていたのではないだろうか。
 ――もしかして、その時からオシロイの匂いを?
 それとも、何か違う理由があったのか。
「やっぱり、七摘町にある成瀬くんの実家に行くしかなさそうだね」
 奥沢が深いため息をつきながら言う。
「ご実家に行って、お母さんの情報を手に入れた方がいいかもしれないわね」
「そうですね。今回成瀬さんは無事でしたけど、もう一度山女が現れないとは言い切れませんし」
「そうだね……」
 成瀬はズキズキと痛む頭を抱えて息を吐いた。
 あらゆる情報と出来事に、頭も感情も追いつかない。
 しかし、今後また山女が現れた時のためにも、対策を練らなければ。
「でもさぁ。山女は結局、子どもを攫ってどうしたいのかしらね?」
 辻堂が両手を腰に当てて、憤慨したように言う。
 昔話でよくある山姥やまんばは、攫って子どもを食べるといわれているが、食べるために攫っているとは考えにくい。
「やっぱり、自分の子どもですし、自分の巣穴に持ち帰って育てたいんじゃないですか?」
「お化けが子育てするってこと?」
「ええ。でも昔話の『子育て幽霊』みたいにご飯を与えられそうにないですし、そのまま餓死させちゃうと思いますけど」
「そうよねぇ」
 今と昔では街の様子も違うし、赤ん坊ならまだしも、それより大きくなった子どもが飴だけで生きながらえるはずもない。
 そうして巣穴に持ち帰った子どもが息絶えると、また子どもを攫いにいくのだろうか。
「とりあえず、その後はどうあれ、山女は狙った子どもを攫う存在だ。今は撃退方法を考えるべきじゃないかい? 今は成瀬くんが明確なターゲットなわけだし」
 奥沢がそう言って成瀬のほうを見る。
 辻堂と星川もそれもそうかと頷いて、山女を追い払う方法を考え始めた。
「とはいえ、山女が何を苦手とするかが分からないとなぁ」
 悩んだ辻堂が成瀬のほうを振り返る。
「お母さんの嫌いだったもの、なんて覚えてないもんねぇ?」
「覚えてないですよ……」
 成瀬は少し呆れたような顔で首を横に振った。
 写真から赤い色を好んでいたんだろうな、というのが分かったくらいで、それ以外のことは何も分からない。
「そうだ、似てるってかもって言ってた『姑獲鳥』はどうやって追い払うものなの?」
 星川の言っていたことを思い出した辻堂が尋ねると、聞かれた当人は困ったような顔で頭を掻く。
「『姑獲鳥』は出会ったら高熱を出すと言われてますが、特に追い払う方法はないんですよ。別名にもなってる『産女』のほうも、基本的には通りかかった人に赤ん坊を抱かせるというものですし……」
「えぇー……」
 辻堂は星川の言葉にがっくりと肩を落とした。
 どうやら『山女』そのものを追い払う、という考えでは無理そうだ。
「妖怪やお化けは基本、目的を達成したら居なくなる場合がほとんどですから、彼らの望みを叶えてあげるのが一番なんですけど」
「そうなると今回の『山女』の場合、赤い山女の本当の子どもである成瀬くんを捧げることになるけど、さすがにそれは無理な相談だな」
 星川の言葉に奥沢が腕組みして、ジロリと睨みつける。
「ええ。なので、融合元である黒い山女のほうの願いを叶えてやるのはどうでしょう?」
「黒い山女の願い?」
 思ってもいなかった星川の提案に、辻堂が目を丸くする。
「ええ。黒い山女の願いは自分の子どもに会うことでしょう? だから、黒い山女の子どもを探し出して、二人を会わせるんですよ」
「たとえば?」
「そうですね、その子どもの幽霊がいる場所に山女を誘き出して対面させる、とか……」
「そんなファンタジーな……」
 辻堂が呆れる横で、成瀬は少し考えた顔をする。
「でも確か【存在しない生徒の名前を呼んではいけない】の幽霊が、巫女の子どもと同じような境遇で亡くなってるんですよね」
「あ。そういえば、そうだったわね?」
 巫女の子どももその幽霊も『母親に捨てられた子ども』だといじめられ、学校で自殺していた。
「あ、じゃあもしかして、その幽霊が巫女の子どもだったり?」
 星川がそう言うと、辻堂が首を横にふる。
「時期が合わないわ。巫女の子どもが亡くなったのは戦前でしょ? その頃の学校はまだ『尋常小学校』だったから、中学校とかはまだないわよ」
「あ、そうだった……」
「それに、教卓を変えたら幽霊は出なくなったし、そもそもその学校の校舎自体も、統廃合でもうないからね」
 巫女の子どもは、七摘町にあったどこかの学校で亡くなった。しかし、統廃合もあって、学校のいくつかはすでになく、生徒が自殺した学校を探すのは難しい。
 だからこそずっと、山女は子どもに出会えないまま彷徨っているのだ。
「やっぱだめかぁ……」
「とりあえず、成瀬くんのお母さんについて調べた方がよさそうね」
 結局方法が見つからないままだが、今はやれることをやるしかないだろう。
「二日くらいで退院できるそうだから、今日はもう休みなさい」
「はい、ありがとうございました」
 成瀬がそう言うと、奥沢が大きな手で成瀬の頭を撫で、どこか懐かしそうに目を細めた。
「さ、僕たちは帰ろう」
「お邪魔しました」
「じゃあまたね、成瀬くん」
 閉まる扉に手を振り、すっかり静かになった部屋で一人、成瀬は白いベッドに横たわる。
 窓から見える空は日が傾き始めていて、ほんのりと白っぽくなっていた。
 外の景色が見たことのない街並みだったので、今いる病院は衛宮町でも本郷町でもない。きっと山女が現れることを考えて、なるべく離れた場所にしてくれたのだろう。
「……すっかり、迷惑かけちゃったな」
 ポツリと呟く。
 これ以上迷惑をかけないようにしたいけれど、今の自分にはどうにもできない。とにかく今は、自分が元気になるしかない。
 それにしても、と成瀬は考える。
 山女は、母は、自分に何を求めているのだろうか。
 もし星川の言うような『姑獲鳥』のようなものであったなら、星川の兄など他人の子どもを攫って行った時点で満足するはずだ。
 それでも現れたということは、偽物だったので満足していないのかもしれない。
 本物の子どもを欲しているなら、母にとって自宅であったあの家に本物の子どもである自分を連れ去ったことで、満足してくれたのだろうか。
 ただ、自分はそこからまた逃げ出してしまったので、追いかけてくる可能性は高そうだ。
 しかし観念して母の元へ行ったとしても、どうなればいいのか、正解が分からない。
「……俺にどうしてほしいんだ、母さん」
 成瀬はそう呟いて、静かに目を閉じた。