長編

🗞️K新聞の禁忌欄

横峯市内で体験した「やってはいけない話」を集めています。

地方紙K新聞が運営するメディアサイトの若手ライター成瀬は、夏向けのホラー特集「K新聞の禁忌欄」の企画リーダーに抜擢された。横峯市東部エリアから募集した怖い体験や、地域の“やってはいけないこと”を取材・検証して記事にしていく企画。 たくさんの投稿の中から記事化を進めていくにつれ、編集部や成瀬自身の身の回りで不可解な現象が発生するようになりーー。 怪談蒐集からはじまる連作形式の長編ホラー。 *第2回創元ホラー長編賞に参加中の作品です*ホラー / ミステリー / 現代 / 怪談蒐集

第十一話 記録

「……えーっと、確かこの辺に」
 休日。
 夕暮れの中で見上げた、例の『事故物件アパート』が妙に懐かしかったのが気になっていた成瀬は、自宅アパートの押し入れを漁っていた。
 探していたのはアルバムである。
 辻堂が言っていたように、自分自身に記憶がなくても、写真などの記録を見ていた可能性があるからだ。
 シーズンではない洋服や使ってない鞄など、色んなものをかき分けた押し入れ下段の奥のほうに、太いマジックで『アルバム』と書かれた段ボール箱をようやく見つけ出す。
「あった、これだ」
 段ボール箱は見た目以上にずっしりと重く、持ち上げるのが難しかったので、ズルズルと部屋の中央にまで引っ張ってきた。
 うっすら被る埃を叩き、噛み合うようにして閉じた段ボールの羽を開ける。中には大きなアルバム三冊と、父の形見だった紺色の帽子、そして写真立てが入っていた。伏せるように押し込められていた写真立てを表に返すと、高校生の成瀬自身と、その横に父、二人を挟むように祖父母の四人が写った家族写真が笑っている。
「……これ、ここに入れてたんだっけ」
 高校を卒業した記念に、四人で撮影したもの。
 父が写真を撮るのが好きだったので、これもスタジオなどではなく、当時住んでいた本郷町の自宅玄関の前で、セルフタイマーを使って撮った記憶がある。
 この後、成瀬は進学のために衛宮町で一人暮らしを始め、父は当時住んでいた家を引き払うために本郷町内で引っ越し、祖父母は七摘町へ帰って行った。四人がバラバラになる前の、最後の集合写真。
 祖父母は七摘町内でそれぞれ事故に遭って、立て続けに亡くなり、父もその後くらいから体調を崩した。治ると言われていた病気だったにもかかわらず、治療の効果が出ないまま帰らぬ人となった。
 そんなことがあったせいか、この写真を見ると悲しくなってしまうので、こうしてしまっていたらしい。随分前のことなので、すっかり忘れていた。
「せっかくだし、また飾ろうかな……」
 時間が経って、仕事に打ち込んで。今ではぼんやりとあの時は大変だったな、と思えるくらいになったので、飾ってもいいかもしれない。
 祖父母と父の遺影は、父の従弟が管理してくれている祖父母の自宅に設けた仏壇の中なので、そういえばこの家にはそういうものがなかった。部屋のパソコン近くに写真を飾ると、よし、と頷いて、成瀬は再びアルバムの調査に戻る。
 アルバムは、趣味で写真を撮っていた父のせいで本当に大量にあり、持ってきたのは父が厳選してまとめていたものだ。
 分厚くて重い表紙をめくると、粘着質な厚紙と透明なフィルムに色んな写真が挟まれている。
「これは小学生のころ……かな?」
 七摘町にある祖父母宅の玄関前で、ランドセルを背負った小さな男の子と父、祖父母を撮影した写真。これは恐らく成瀬が小学校一年生になった時のものだ。大きなランドセルに、少しブカブカな子ども用スーツを着て笑っている。
 記憶にはないけれど、確かに記録はこうして残っていた。
 母は確か、小学校入学前に病気で亡くなったと聞かされている。ならばこれより古い写真を探してみれば、何かわかるかもしれない。
 小学一年生の写真が載っていたアルバムをめくると、幼稚園らしい場所の舞台で子どもたちが何かの発表をしている様子の写真が出てくる。どうやらこのアルバムは、めくっていくと時期が遡るらしい。
 成瀬はペラペラと、自分の中にない記録をめくる。
 幼稚園児らしい水色のスモッグを着て、帽子を被り、お散歩をしている写真や、公園でブランコを漕いでいる写真。
 中心となって写っている幼い自分の年齢が、どんどん幼くなっていく。
 そしてついに、大人の女性と二人で写っている写真が出てきた。
 長い黒髪を後ろで一つに束ね、赤い服を着た女性。その女性がニッコリ笑って、幼い赤ん坊をぎゅうっと、頬ずりをするかのように抱きしめていた。
 ――この人が、母親。
 何度か写真で見たことがあるくらいで、こんな顔だったな、という感想しか出てこない。懐かしいとも恋しいとも思わないのだから、我ながら本当に薄情だと思う。
 それより何より気になったのは、母の着ている服の色。
「……赤」
 なんだか妙に心臓の鼓動がはやくなった気がする。
 そしてもう一つ。彼女に抱かれている子どもの表情だ。これはきっと自分のはずなのだが、妙にムッとしていて、実に嫌そうな顔をしているのは何故だろうか。
 このくらいの赤ん坊であれば、子どもは母親を無条件で求めていそうなものなのに。
 不思議に思いつつページをめくると、母の映る写真は妙に鮮やかだった。彼女は赤色が好きだったようで、だいたい赤やピンクの服を着て写っているのだ。
 唯一白っぽい服を着ていた写真もあったが、あれはどう見ても、入院している最中のものである。もしかしたら病気の母を見舞いに行き、そこで撮ったのかもしれない。
 さらにページをめくった成瀬は「……ああ」と小さく感嘆の声を漏らした。
 ある一枚の、夕暮れの写真。
 美しい茜色に染まる空を背景に、見覚えのある形をした山影。
 そしてその手前にある、黒々とした芝生の上で、母と二人手を繋いで歩いている自分がいた。
 祖父母の家の庭に、こんな芝生が生えている場所はない。これはどう見ても、事故物件アパートのあるあの辺りから見た風景だ。
「……なんで?」
 意味がわからず、混乱した頭のまま震える指で次のページをめくる。
 するとそこには、明らかに祖父母の家ではない室内で撮られた写真がいくつもあった。
 見覚えのない柄のカーテンに壁紙、見たことのない食器やテーブル。
 なんだか突然、知らない家庭の写真が紛れ込んでしまったかのように、覚えのない室内を映した写真がいくつもあった。
 その一枚の、窓の外。七摘山と思われる美しい山が覗き込んでいる。
「……俺、あそこに住んでたのか? あの、事故物件アパートに?」
 意味が分からなかった。
 事故物件に住むほどお金に困っていた記憶はない。
 それに七摘町に住むのなら、祖父母の家だってあるのだ。実際、小学生の時はそこに住んでいたのだし。
「……なんで? なんでだよ!」
 成瀬は他に何か情報はなかったかと、他のアルバムを開いたり、入れておいた段ボール箱の中を漁る。しかし、父の遺品はほとんどを祖父母の家に送ってしまったせいか、何も残ってはいなかった。
 混乱した頭のまま呆然としていると、不意に、キィ……と金属を引っ掻くような細い音がした。
 新聞受けのフタが、開く音。
 ハッとして成瀬が玄関のほうへ視線を向けると、長方形に開いた穴の向こうを、赤い服を着た人がスーッと通り過ぎていく。
 新聞受けが開いて、人影が通ったことはあったけれど、その影が赤かったことは初めて知った。
 しばらく固まったままだったが、成瀬は一度大きく深呼吸をして呼吸を整えると、意を決したように立ち上がる。それからドンドンと大きく足音をたてながら玄関ドアへ向かった。
 そのまま勢いよくドアを開け、玄関から半身を出してアパートの共用廊下の左右を確認する。
 日曜日の昼過ぎ。蒸し暑さの残るよく晴れた空の下、オンボロで静かな外廊下がそこにあるだけだった。
 誰もいない。
 ホッとしたように胸を撫で下ろしてからドアを閉め、開きっぱなしになっている新聞受けのフタを指で押し下げる。
 気にしたら負け。
 怖いと思っているから、なんでも怖く感じるのだ。
 軽く頭を振って、作業の続きをしようと部屋の方へ身体を向けると、レースカーテンだけにしておいた窓の向こう、小さなベランダにぼんやりと赤いシルエットが見えた。
「……え?」
 ここは2階なので、多少頑張れば登ってこれなくはない。しかし、ベランダ側には密接するように別の建物が立っており、人が通れるような隙間はほとんどないのだ。
 成瀬は思い切って窓に近づくと、カーテンを閉める。
「……関わらない、関わらないっ!」
 呟くように繰り返しながら、テーブルの上に置いてあった携帯電話を持ち、財布や鍵など貴重品の入ったボディバッグを引っ掛けると、大急ぎで玄関ドアから飛び出した。
 玄関に鍵をかけ、共用廊下の端にある階段に向かおうと身体を向ける。するとちょうど人がいたようで、ドンッと勢いよくぶつかってしまった。
 慌てていて、ちゃんと前を見ていなかったらしい。
「あ、すみませ……」
 鼻先をふわりと、オシロイ独特のほのかに甘い香りが掠める。
 え、と思う間もなく、目の前が真っ赤になって――。

 ◇ ◇

「……成瀬さん? 成瀬さん!」
「……え?」
 ハッと成瀬が我に返ると、目の前に困惑した顔の星川がいた。
「星川、くん……? え、なんで?」
「もう、それはこっちのセリフですよ」
 そう言いながら深く息を吐く星川をよそに、成瀬は辺りを見回す。
 どうやらここは、衛宮町でも人通りの多い、駅前にある商店街付近のようだ。
「本当、どうしたんですか? 休みだからって昼間からお酒でも飲んでたんですか?」
「そんなわけないでしょ」
「いやでも、なんかすごいフラフラしながら歩いてて、声掛けても何言ってるのか分かんなかったし、てっきり酔っ払ってるのかと」
「え、本当? でも俺、さっきまで家でアルバムを……」
 ズキズキと頭が痛い。今日は午後から自宅にあるアルバムを引っ張り出して、写真を確認していたはず。そしてその最中、あの音がしたのだ。
「……そうだ、山女が」
 小さな隙間の前をこれみよがしに通り過ぎ、今度はベランダに赤いほうの山女が現れた。だから逃げようと家を出た直後、目の前に赤い服を着た人がいて――。
「……ゔっ」
 あの時鼻を掠めたオシロイの匂いを思い出したせいか、胃の中のものがせり上がってくる感覚。
 青い顔で気持ち悪そうに両手で口を押さえた成瀬に、星川はギョッとする。
「えっ、マジで大丈夫ですか?」
「き、気持ちわるい……」
「ちょっ! こ、こっちに!」
 星川に引っ張られるように道路の端へ移動すると、ちょうど金網のフタがついた側溝があり、成瀬はそこに向かって胃の中のものをぶち撒ける。
「本当にもう、どうしたんですか?」
 オエオエと吐き続ける成瀬に、意外にも星川は甲斐甲斐しく背中をさすり、少し待っててください、とその場を離れると、近くの自販機で水を購入して差し出した。
「……本当にごめん、ありがとう」
 水で口の中を濯いで綺麗にした後、残った水を飲んでいたらようやく落ち着いてきた。
 顔色が少しマシになってきたのを見て、星川はホッとしつつ、少し険しい顔つきで成瀬に尋ねる。
「さっきチラッと『山女』って言ってましたけど、成瀬さん家に来たんですか?」
「……うん」
 家の前を通り過ぎたと思ったら、次はベランダに現れた。
 その後、逃げるように家を飛び出した自分の目の前にいたのは、きっと山女に違いない。
「でも、星川くんはなんでこんなところに?」
「なんでって……オレ、この辺に住んでるんで」
「あ、なるほど?」
 そういえば星川は横峯大学の学生である。大学のある衛宮町に住んでいてもおかしくはない。
 ――俺も大学に行きやすいように、この辺に住んだもんな。
 そうして在学中からK新聞社にバイトに入ったこともあり、卒業後は衛宮町内で引っ越して、今の家にいる。
「とりあえず、ここじゃなんなんで、うちに行きましょう。ここから近いんで」
「わ、わかった」
 深刻そうな顔で星川が言うので、成瀬は頷いた。そうして歩き出した星川の後ろをついて歩く。
 駅前にある商店街を通り抜けると、そのすぐ近くに大きくそびえ立つ高級そうなマンションに星川が迷わず入っていった。
 オートロックのエントランスを星川にくっつくようにして通り抜けたので、成瀬は戸惑いつつも辺りを見回す。床は妙にピカピカと輝く大理石が敷き詰められ、ホテルのような受付まであった。エレベーターへ向かう途中、奥のガラス扉の向こうには居住者専用と思われる公園のようなものまで見える。
 ――俺ん家より明らかにたけぇ。
「星川くんは、ご家族と住んでるの?」
「いえ、一人です」
「……実は結構お金持ちだったりする?」
「別に普通だと思いますよ。ただ、兄のことがあったもんで、両親がセキュリティにうるさくなってしまって」
「なるほど……」
 先ほど通り抜けたエントランスの受付には、管理人のように人が常駐していた。
 きっと実家から通わせるには難しい距離で、でも心配で仕方ないからと何かあっても対応できる大人がいるマンションとして、ここを選んだのかもしれない。
 到着した部屋は高層階にあり、中に入ると室内は一人で暮らすには随分と広い1LDKという間取りで、明らかにファミリー向けの部屋だった。
「どうぞ、適当に座ってください」
「……はい」
 言われてリビングにある三人がけのソファの端に、成瀬はそっと腰を下ろす。
 やはり、三人家族くらいなら普通に住めてしまえそうな広さだ。もしかしたら、ご両親も定期的にやってきて泊まっているのかもしれない。
 出されたコーヒーに口をつけ、少しだけ落ち着いてくると、星川がじぃっと成瀬を見つめて言った。
「成瀬さん、もしよかったら、しばらくうちに泊まってください」
「えっなんで?」
 成瀬は星川と少し話をしたら、普通に帰るつもりでいた。確かに、山女が現れた自宅が怖くないと言えば嘘になる。しかし、お化けが出たからという理由だけで、他人の家に泊まるのもどうなのか。
 困惑する成瀬に、星川は視線を持っていた自分のマグカップに向けて言う。
「実は、オカルト研究会の話をした時、長くなるんで端折ったことがあるんですけど」
 星川がK新聞社に押しかけて、半ば無理やり面会した時の話のようだ。
「『山女』が兄の周りに姿を見せるようになった時、実家近くの神社の人に相談したら『居場所を変えなさい』って言われて、兄は頻繁に泊まる場所を変えていたんです」
「居場所を、変える?」
「はい。神社の人が言うには、そうやって『距離を取る』と一時的に変な現象とか、向こうが姿を見せたりするのがなくなるみたいで。最初はビジネスホテルに泊まったり、最終的に遠方の祖父母の家にまで行ったりもして、山女から逃げ回ってたんです」
 どうやら滞在する場所を変えると、最初の二、三日は同じ場所にやってくるが、帰ってこないと分かるとまた探し始めるらしく、数日から数週間は現れないらしい。
「まぁでも、結局逃げきれなかったみたいで、兄は消えちゃいましたけどね」
 山女に見つかった星川の兄は、七摘山に連れて行かれたのか、それとも誰にも気付かれないよう、もっと遠い場所に一人で行ってしまったのか、結局のところは分からない。
「なので、もし宛てがないなら、うちに泊まってください。ご覧の通り、うちなら全然問題ないんで」
 そういう理由ならば、星川の申し出は正直ありがたい。
 しかし、成瀬には少し引っ掛かる部分がある。
「……『山女』に近づくことになる、貴重な資料をこっちに渡して、自分の代わりに俺たちにお兄さんを探させようとしてたのに?」
 山女に怯えていたくせに、今更手助けをしようとするなんて。
 成瀬が意地悪くそう言ってみせると、星川は少しバツの悪そうな顔をする。
「やっぱり気付いてたんですね。これでも悪いことした自覚はあるんですよ、一応」
 困っている自分を助けることで、わずかでも贖罪したいという気持ちがあるのだろうか。
 辻堂の言う通り、やはり星川は『悪い子ではない』のだ。
「まぁ、何はともあれ助かるわ」
 成瀬はそういうと、三人がけのソファにごろりと横になる。
 宛てがあるかと聞かれたら、正直なところない。
 大学の時に仲の良かった友人たちはすでにあちこちに散っていて居場所は分からないし、同じ編集部の辻堂と根岸はそれぞれ既婚者だから家庭の都合があるだろう。久地と平間は独身だが、独身女性の家に成人男子がホイホイ泊まるのも外聞が悪い。唯一大丈夫そうなのは、独身で同性の奥沢くらいだけれど、父の友人とはいえ上司でもあるので、こちらから泊めてほしいとお願いするのも、なかなかに勇気がいる。
 しばらくはここにお世話になるとして、その後どうするべきか成瀬が頭を悩ませていると、星川がうーんと考えるような顔をしていた。
「実は前から気になってたんですけど」
「あ、なに?」
「なんで、成瀬さんのとこにだけ怪現象が起きてるんですかね?」
「そりゃあ、七摘町の怖い話を集めてたからじゃないの? そう言って企画中止しろって言ってきたのは、星川くんじゃん」
 七摘町と思われる怖い話を掲載するようになってから、毎日スパムメールのようにそんな警告文を送ってきたのは、他でもない目の前にいるこの大学生である。
「いやでも、編集部みんなで怖い話を集めてたなら、山女も編集部に現れるはずじゃないですか。現にオカルト研究会の時はそうだったんですよ?」
「……そういやそうだな」
 成瀬はそう言って体を起こした。
 そうだ、オカルト研究会は全員で七摘町のことを調べていたから、部室に現れたのである。編集部でも確かにデータが飛んだりはしたけれど、隙間から人影が覗くというようなことはなかった。
 そして、自宅で怪現象が起きているのは、編集部では成瀬だけらしく、他の人に何か起こったとも聞いていない。
「兄たちの自宅にまでやって来てたのは、山でふざけたせいだと思います。でも、成瀬さんは別にそういうことしてませんよね?」
「するわけない!」
「そうなるとやっぱり、成瀬さんは小学生の時に七摘町の『事故物件アパート』で一度女の幽霊に遭遇してるから、とかですかね?」
 星川の口から出た『事故物件アパート』という単語に、成瀬はドキリとする。
 自宅のアルバムにあった、母とかつてそこに住んでいた記録が頭を掠めた。
「……どうして、そう思うの?」
「『厄囮の家』の記事読みましたけど、その屋敷が立った後の跡地って今はあの『事故物件アパート』が立ってるんじゃないかなって思って。そうなるとあのアパートにいる女の幽霊はたぶん『山女』なんじゃないですか?」
「やっぱり星川くんは気付いたかぁ」
 あの記事では、跡地が現在どうなっているかの記述をあえて避けている。
 忌々しい土地がどこか分かるようにしてしまうのは良くないと思ったし、変にその場所に興味を持った人間が見物に行っても困るからだ。
「うん、かつて『厄囮の家』があった場所は『事故物件アパート』と同じだったよ」
「やっぱりそうでしたか」
「でも、俺のところに『山女』がくるのは、過去に一度会ってるからだったとしてさ。それなら遭遇した小学生の時のほうが、付き纏われてるはずじゃない?」
「そこなんですよねぇ。あとは編集部内でも成瀬さんが一番『山女』について調べてるからかとも思いましたけど、オレも一時期調べてましたが、その時は特にこれといった怪現象は起きませんでしたし」
 星川が唸っている横で、成瀬は自分が『山女』に付き纏われる理由について思い至っていた。
 ――たぶん、嘘をついたからだろうな。
 嘘の体験を書いたから、きっとそれを怒っているのだろう。
「まぁ理由はよく分かんないけどさ、山女側のなにかしらの理屈なんだと思うよ。お化けの考えることは、俺らとは違うんだ。きっとね」
 本当の理由を『山女』自身に尋ねるわけにもいかない。
 何せ相手は怪異で、人間ではないのだ。
「……気を付けてくださいね」
「しばらくお世話になるけど、ここにも現れるようになったら、会社にでも泊まるよ」
 心配そうに言う星川に、成瀬は肩をすくめてそう言った。