
第七話 オカルト研究会
オフィスエントランスの受付からエレベーターホールとは反対のほうの奥には、小会議室がいくつかあって、少人数での打ち合わせでよく使われる場所だ。
「失礼します」
辻堂が『小会議室C』とプレートのついたドアをノックして開ける。
白と淡いグリーンを基調にした小さな部屋には、白いテーブルとソファがあり、そこに年若い男性が一人座っていて、その横に紺の制服を着た警備員が付き添っていた。
「お待たせしました。あなたが『星川』さん?」
「はい、そうです」
頷いたその人物が、ゆっくり立ち上がる。
星川は二十代前半くらいで背は高く、黒ブチ眼鏡をかけた少し偏執的な雰囲気のある男性だった。
着ている服が全体的によれているのは、隣に立つ恰幅のいい初老の警備員と揉み合いになったからだろう。
辻堂と成瀬はテーブルを挟んだ向かいに立つと、それぞれ名刺を差し出した。
「K新聞 電子版、横峯市あざみ区エリア編集部の辻堂ゆかりです。ライター名は『Yuri』といいます」
「おなじく、あざみ区エリア編集部の成瀬蛍です。ライター名は『ほたる』です」
それぞれの名刺を受け取り、名前と顔をジロジロと見比べながら、星川が少し残念そうな顔をする。
「なーんだ『ほたる』さんて、男の人だったんですね」
「……よく言われます」
成瀬のライター名である『ほたる』は、本名である『
ちなみに久地は『ねこ鍋』、根岸は『鴨ネギ』という、本名をもじったライター名を使っている。
「まぁ別にどっちでもいいんですけど。オレは横峯大学三年の星川
そう言って星川は背負っていた黒いリュックを下ろして中を漁り、財布から一枚のカードを取り出してこちらに見せた。カードには本人と思われる証明写真に名前、学籍番号もきちんと書かれており、間違いなく横峯大学の学生証である。横峯大学の学生というのは間違いないようだ。
「それで? 君は俺に何の用なの?」
そう言いながら星川に座るように促し、成瀬は辻堂と一緒にそれぞれ向かいのソファに腰を下ろした。
「あー、それなんですけど……」
話を促された星川が、隣に立ったまま沈黙する警備員をチラリと見上げた。どうやら部外者には聞かれたくないらしい。
「君はフロントで暴れて、受付の女の子たちを怖がらせてるんだよ。警備員さんは外せません!」
辻堂が腕組みをしたまま、警戒心を露わにして答える。
星川は何か言いたげに成瀬のほうを見たが、当人は肩をすくめてみせた。
「悪いけど、俺は見た目の通り、腕力とかないんでね」
「……じゃあ、仕方ないですね」
深く息を吐いて、星川は警備員の同席を了承した。
それからすっと背筋を伸ばすと、星川はまっすぐに成瀬と辻堂を見て言った。
「これまで何度もメールを送っていますけど。七摘町に関する『怖い話』を集めるのを、やめてほしいんです」
投稿と変わらない主張に、辻堂と成瀬は互いに目配せする。
「――そうは言われても、こっちは仕事だからねぇ」
「うちはあざみ区全体から募集をかけて、集まったものの中から『怖くて面白い』と思った話を採用してるの。それがたまたま七摘町の話が多かったというだけなのよ。意図して集めてるわけじゃないの」
面倒くさそうに答える成瀬に対し、辻堂はしっかり意図して集めているわけじゃないことを説明する。
「……でも、結局集まってるじゃないですか」
「それはそうだけど……」
奥沢編集長とも相談して決めた方針である以上、今更この採用基準を変更することはできないし、変える気もない。
仕事である以上、アクセス数を上げるという目的のためには、面白い記事を書かなければいけないからだ。
「じゃあ聞くけど。君がそんなにやめろっていう理由は、一体なんなの?」
改めて尋ねると、星川は呆れたような顔をする。
「何度もメールで言ってるじゃないですか。『良くないこと』が起きるんですよ。現に成瀬さんの家では怪現象が起きてるでしょう?」
「新聞受けがたまに勝手に開くだけだよ。たまたま故障してるだけ」
「いや、普通は勝手に開きませんから」
「……じゃあそれを怪現象だったとしよう。確かに奇妙なことは起きたけど、もうお祓いもしたし、それ以上の『良くないこと』は起きてないよ」
成瀬は淡々と答えた。
あれもこれも怖いと思ってしまったら、より怖いことを考えたり引き寄せたりして、抜け出せない負のスパイラルに陥ってしまう。
オカルトな話に感化されて、偶然起きた現象を簡単にホラーに結びつけていては『怖い話』の蒐集なんてやっていられないのだ。
「とにかく、明確な理由を提示してもらわない限り、無理な話よ」
辻堂の言葉に、星川は膝の上につくった握り拳をギュッと堅くする。
それから意を決したように口を開いた。
「わかりました。これはあまり公にされてないんですが、実は横峯大学にあったオカルト研究会が『七摘町の怖い話』について調べていたら、多くの人が行方不明になって解散してしまったんです」
◇ ◇
【非公開:N町を調べていたY大学オカルト研究会が解散した話】
語り:星川
オレの兄はY大学の学生で、オカルト研究会に所属していました。
怖い話は昔から好きだったので、オレは兄が研究会で調べた色んな話を聞くのを楽しみにしていたんです。
オレが高校生の頃、オカルト研究会の調査から帰ってきた兄が、突然部屋中のカーテンを閉めて自室に引きこもってしまいました。
理由を聞いたところ『山女を怒らせてしまった』と言います。
兄たちはY市内に伝わる地域の怖い話や伝承、噂話、都市伝説についての蒐集を行っていました。地道に蒐集を続けていると、N町周辺での『怖い話』が多いことに気付き、それからはN町を重点的に調べていたそうです。
すると不思議なことに、N町の怖い話について調べていると、部室で怪現象が頻発するようになったそうです。
最初は気付くと窓やドアが少しだけ開いている、という些細なものでしたが、そのうちその隙間や窓の前を影が通るようになり、最終的には見知らぬ赤い服を着た女が隙間から覗いていたり、窓の外に立つようになりました。
『幽霊がこちらに興味を持っている』
本来なら怖がって蒐集をやめるところなのでしょうが、オカルト研究会としては喜ぶべき現象だったのでしょう。
だからきっと、調子に乗ったんだと思います。
部室で見知らぬ赤い女が目撃されるようになった頃、それが一体何者なのかを調べていくうちに、N山には『山女』という伝承があることに辿り着きました。
そのN山に伝わる『山女』は我が子を探し回っている怪異で、我が子だと思った人間に付き纏っては、最終的に自宅でもあるN山に『連れて行く』のだそうです。
若者がN山について調べているので、我が子ではないかとやってきたのではないか?
向こうがこちらに興味を持っているなら「あなたの子どもです」と言えば、さらに不可思議な現象を起こしてくれるのではないか?
そんなふうに考えたオカルト研究会のメンバーは、無謀にも『山女』との接触を試みたのです。
山女はN山の中で我が子を探して彷徨っているので、メンバーはN山に行き、口々にこう叫んだそうです。
「おかあさーん、会いにきたよ」
すると本当に『山女』が現れたらしく、何人かは山奥に連れて行かれてしまったそうです。
兄は残ったオカルト研究会のメンバー数名となんとか逃げたそうですが、帰ってきてからはもうすっかり怯えていました。
隙間から見える人影が怖いので、部屋中のカーテンを閉め、あらゆる隙間ができないよう、室内をいろんなもので埋め尽くし、布団にくるまって一日中部屋に籠るような生活を始めたのです。
オレや家族は、兄に会いに行く時は必ず先に声をかけ、山女ではないことをアピールして驚かせないようにしてからドアを開けるなど、細心の注意を払っていました。
そうやって山女に見つからないように頑張っていましたが、ある日突然、兄は姿を消しました。
籠っているはずの部屋はもぬけの殻、靴も財布も携帯電話もそのままで、どこに行ったのか見当もつきません。
心当たりを探し、知っている人を訪ね、N山にも行きましたが、兄を見つけることはできませんでした。
兄を探す過程で、残っていたオカルト研究会メンバーにも会いに行ってみたのですが、みんなすでに姿を消してしまった後でした。
メンバー全員が行方不明となり、オカルト研究会は事実上の解散。
オレはその後、小さな手掛かりでもいいから欲しいと兄の部屋を探し、N町の怪異や伝承に関するレポートの一部を見つけました。
しかしこれだけでは、N町で怪現象が多い理由や、山女が何者なのかという情報には行き当たらず、残りのレポートの行方を探しました。
そして残りのレポートがオカルト研究会の使っていた部室にあるらしいと突き止めた矢先、部室のある建物が火事になり、残っていたレポートは全て燃えてしまいました。
火元はまさにオカルト研究会の元部室だったそうですが、出火原因は不明のままです。
◇ ◇
「……以上が、七摘町の怖い話を集めないほうがいいと言う理由です」
星川の話を聞いていた辻堂と成瀬は、青い顔で顔を見合わせた。
「つまり、七摘町の怖い話を集めていると『山女』に目をつけられて……」
「最終的に集めていた人たちが居なくなるかもしれない、ってこと?」
「……はい」
膝の上の拳を見つめる星川が、項垂れたまま返事をする。
本来であればバカな話だ、と追い返すべきところだろうが、実際成瀬の家で『新聞受けが勝手に開く』という不可解な現象が起きたのは事実だ。
それに、話の中にはいくつか本当の話が含まれているので、あまり邪険にもできない。
「横峯大学のキャンパス内で、五年前にボヤ騒ぎがあったのは本当みたいね」
辻堂が持ってきたノートパソコンで星川の言っていた火事の情報を見つけ出していた。
「さすがに行方不明の話までは、特定が難しいわね」
「ああそれなら、横峯大学のどっかのサークルメンバーがまるっといなくなったって話を聞いたことがあるので、本当の話だと思いますよ」
「よく知ってるね?」
驚く辻堂に、成瀬は少しバツの悪そうな顔をする。
「……あの俺、横峯大出てるんで」
「えっ、そうだったの?」
横峯大学は衛宮町内にあり、成瀬は卒業後も参加していたサークルの会合に時折OBとして行くことがある。その時にボヤ騒ぎがあったことや、変なことをして行方不明になった学生がいるという噂は聞いた。
「じゃあ、成瀬さんはオレの先輩でもあるんですね」
「まぁ、そうなるかな」
星川が妙に期待するような眼差しを成瀬に向ける。だが、なんとなく星川の目的が見えてきた成瀬は、微妙な表情をすることしかできない。
「でも、ボヤ騒ぎは俺が卒業した後に起きた話だし、俺が所属してたサークルはオカ研のあったサークル棟とは別の棟だったから、それ以上のことは知らないよ」
「そうですか……」
分かりやすく肩を落とした星川に、成瀬は彼が兄の消息と手がかりを探すために、横峯大学に入ったのだと確信する。
そして、K新聞の東部エリアで始まった怖い話の企画をたまたま見かけ、兄たちの二の舞を踏もうとしていることに気付き、警告をしてきたのだ。
――でも、本当に理由はそれだけなのか?
それだけで、毎日のようにあの警告メールを送っていたのだろうか?
しばらく考えた後、成瀬はああそうだ、と思いついて口を開いた。
「ねぇ、そのオカルト研究会が残したってレポートには、どんなことが書いてあるの?」
「レポートには、オカルト研究会が集めた七摘町の怖い話が大量に載ってて。見てもらったほうが早いですね……」
そう言うと星川はリュックから分厚い紙の束を取り出す。B5サイズのコピー用紙を何十枚もまとめて束ね、上部だけ黒い紐で閉じたレポート記録だ。
「これは、兄の部屋に残っていた、オカルト研究会の『七摘町に関する怖い話』のレポートのコピーです」
成瀬はそのレポートを受け取って、マジマジと見つめる。表書きには数字が『3』と書いてあるので、本当ならもっと冊数があったようだ。
パラパラとめくってみると、確かに七摘町で蒐集したと思われる怪現象などがまとまっている。そのうちのいくつかの話は、特集企画で紹介した話だったり、今後掲載する予定の内容と酷似していた。
コピーのためか写真はモノクロになっていて分かりにくいが、ところどころに赤いペンで補足が書き込まれている。
「この赤字は、星川くんが書いたの?」
「あ、はい。兄の手がかりが欲しくて。独自に調べたものを追加しています。一応これでも、民俗学を専攻してるんで」
「……ふーん」
ちょうどこの三番目のレポートは、七摘町の怖い話蒐集から、昔から伝わる伝承の聞き込みに転換した頃らしく、終盤になってチラホラと『山女』の文字が見えはじめていた。
これはなかなかに貴重な調査資料だ。
「……山女、ねぇ」
確かに七摘町の怖い話には、女の幽霊の話が多い。もしかしたら今まで幽霊だと思っていたものは、この『山女』という怪異なのだろうか。
レポートをめくりながら、成瀬はチラリと星川を盗み見る。妙に落ち着かない雰囲気で、視線がなぜか床にばかり向いており、こちらを見ようとしていない。
「……まぁ確かに、変なことはちょこちょこ起こってはいるけど、正直そこまで実害は出てないんだよね」
「そうねぇ。お祓い以降はデータが飛んだりしてないし」
辻堂は成瀬が差し出してきたレポートを受け取ると、同様にパラパラとめくって中身を確認する。
「でも結局さ、オカルト研究会のメンバーがいなくなったのだって『山女』を怒らせるようなことをしたからだよね?」
「そうよね『山女』だって、何年も真剣に探してるのを面白半分に『あなたの子ですよ』なんて言われたら、そらキレるでしょ。私だったらキレるわ」
めくっていたレポートを閉じた辻堂が、憤慨したような顔で言った。
「た、確かに、兄たちが良くないことをしたのは事実ですけど。でも……」
星川がそう言って口籠る。
怪異の立場になってみれば、彼らは面白半分で嘘をついて騙した人間である。怒られても、バチがあたっても、仕方がないこと。
調べていることに興味を持って近づいてきたのであれば、衛宮神社の神主の言うとおり、やはりそれ以上近づかず、一線を引いて距離をとれば問題ないのだろう。
オカルト研究会と編集部では、スタンスが違う。
「心配してくれるのはありがたいけど、こちらとしては人気の企画である以上、今すぐ企画をやめることはできないよ。申し訳ないけど」
成瀬は星川に向かってまっすぐそう言った。
「『山女』についても、編集部では絶対に馬鹿にしたり、変な実験をしたりなんてしないから、そこは安心して」
辻堂が付け加えるように言うと、星川は納得のできていないような、難しい顔をする。しかしそのうち、諦めたように答えた。
「……分かりました」
そんな彼の様子を見て、成瀬と辻堂は顔を見合わせて頷く。
「よし、じゃあこの件はこれで終わりね」
パチン、と両手を合わせた辻堂がパソコンを閉じ、退出のための支度を始めた。その隣で成瀬は星川に向かって声を掛ける。
「ねぇ、このレポート、もらってもいい?」
「コピーなので、別にいいですけど」
星川はムッとした顔でリュックのファスナーを閉じ、そのまま背負った。
「……そう。じゃあとりあえず、受付で暴れた件はこれでチャラにしてあげる」
「それだけで、いいの?」
成瀬の提案に、辻堂が意外な顔をする。
「ええ。記事作成のネタにも使えそうだし、貴重な資料になりますよ、たぶん」
「まぁ、確かにそうねぇ」
このレポートは、横峯大学の学生が七摘町を中心に時間をかけて集めた、大変貴重な資料なのだ。今後投稿される話を調べる際にも、きっと役に立つに違いない。
「一応、連絡先もらえる? レポートのことで質問するかもだし」
「分かりました……」
成瀬と辻堂はそれぞれ星川と電話などの連絡先を交換した後、小会議室を出てエントランスまで見送った。
受付の女性スタッフにも謝罪をすませると、二人は編集部のある27階へ戻るためにエレベーターへ乗り込む。
「……悪い子じゃないんだろうけどねぇ。熱心な読者サマの一人だろうし」
辻堂がため息をついて、エレベーターの階数表示を見上げた。
星川はビルを出るまで、終始どこか不安そうな、複雑な顔をしながら何度もこちらを振り返りつつ、トボトボとビルを出ていったので、そう思ったらしい。
きっと辻堂は、星川は親切心だけで警告をしにきたと思っているのだろう。だが、成瀬には別の考えがあった。
「……辻堂さんって、本当年下に甘いですよねぇ」
「え?」
「悪い子じゃないというのは同意見ですけど。本当に俺たちが『山女』に何かされるのを心配してるなら、こんな貴重な資料のコピーを、ホイホイ渡したりなんてしませんよ」
そう言って成瀬はオカルト研究会のレポートをヒラヒラと振ってみせる。
七摘町に関わらないようにして欲しいと訴える割に、こちらがより七摘町に興味が向くような資料を渡すなんて、どう考えても矛盾している。
「彼は、自分の代わりに七摘町の『山女』について調べて欲しいんですよ。お兄さんの手がかりは欲しい、でも『山女』が怖くてできない。自分では怖くてできないことを、大人である俺たちにやらせようって魂胆なんです」
「えぇー!」
辻堂が驚愕の表情を成瀬に向ける。そういうことは微塵も考えていなかったのだろう。
やっぱり人が良いなぁ、と成瀬は心の中で苦笑した。
「警告メールを送り続けてたのも、自分に興味を持ってもらうためでしょうね。記事では伏せている情報を自分が知っているということを餌にして、連絡してもらおうとしてたんです」
「そっか。でもこっちが食いつく前にブロックされて、取り付く島もないから直接凸してきた、と」
「そういうことです」
「最近の若い子、怖すぎるわ……」
星川は話している間も終始落ち着かない様子でソワソワしていた。
きっと自分の思惑に乗ってくれるのか、持ってきたレポートをくだらないと言って突き返されないか、それが気がかりだったのだろう。
「なので、今回は彼の思惑に乗ってあげようと思って」
「でも、大丈夫かなぁ」
「星川くんの話を聞いた感じ、怒らせなきゃ見てるだけみたいですし、大丈夫じゃないですか? それに今日きてた投稿に『山女』っぽい話があったんで、ちょうどよかったです」
今後の記事のために『山女』について調べなければと思っていたところなので、記事の質をあげるためにも資料はあればあるほどいい。
「はー、成瀬くんは頼もしいわねぇ」
「ありがとうございますっ」
エレベーターの階数表示が『27』を示し、扉が開いた。
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